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生々しさを愛だとするのはやめたい。――川島小鳥『BABY BABY』について/最果タヒ

最果タヒ きみを愛ちゃん「きみを愛している。」  歌や映画や小説の中にあるその言葉が、現実より自分より、信じられることがある。厳密には、人は、愛のためにすべての人生を、燃やすことなどできないのかもしれない。けれど、愛を描くため生まれた作品たちに触れたならば、その向こう側にあるものを、一瞬、目にすることができるかもしれない。作品ごしに触れた、愛について。この連載では、書いていきたい。

生々しさを愛だとするのはやめたい。――川島小鳥『BABY BABY』について

 リアルではない、リアルではある、みたいな、ものの見方が嫌いだ。物語の登場人物の、見た目や部屋の雰囲気や、仕事場の様子や人間関係に「リアルであるか」を気にする割に、ぼくたちは、案外自分の生活に「リアルでない」ものを宿らせている。カメラを向けられたときに作る笑顔が、たとえ子供のような自然なものでないとしても、だれも、偽物だとは言えない。それさえもその人自身の表情だと信じられないなら、ぼくはどうしてぼくという人間に生まれたのだろう。生きた瞳として捉える限り、正誤表のようなまなざしは捨てよう。ぼくは、本当はリアルなど知らず、正しさなど知らず、ただ、きみを知っているだけ。  リアルという言葉が、なんの保証もしてくれない。テレビドラマでリアルな演出や設定があれば息をのむのに、LINEのスタンプを選ぶのに時間がかかりすぎて、もはや何も送れなくなった息苦しさや、誰もいない部屋で足の小指をぶつけた時の、自分だけが聞くうめき声とか、そういうとてつもない日常のリアルは、無価値なまま霧散し、ぼくだけがそこに置き去りになる。生きていること、自分の年齢、将来の不安、年金どうしようとか、そういうことを洗濯機の音を聞きながら考えるとき、ぼくは現実を見据えているつもりで、実は「現実を見る」という表面的なことだけで安心し、人生を無駄にしているのかと思う。本当にこれは現実なのかな、自分の肉体が生まれ出た瞬間も知らず、理性としてしか、命の価値を捉えられないぼくが、リアルというものに、真実をみいだすことなどできるのだろうか。嘘を愛そうと思う。わざとらしさを、愛そうと思う。演出を、擬態を、ごまかしを、愛してからぼくは、それら全てをつらぬく、本当の時間を、たったひとつ信じたいと願う。けれどそんなのは夢みたいなものだ、結局はなにひとつ、指標のないまま生きるということ。ぼくが生きるのがリアルでもノンフィクションでもないとして、もちろんフィクションでもないとして、それならぼくはどこにいて、今なにが足りていないの、なにが足りないから、不安なのか。行き先を見失う。  真実を知らないから、現実の全貌が、見えないから、リアルを、フィクションの中に求めるのではないか。本当の愛だとか、きみの心の真実だとか、あのひとの本音だとか、そういうものがあると信じたかった。せめて、フィクションの中だけは、と。決して見つからず、触れることのできないものだから、価値があるのではないか。本当を見つければ他は偽物と言えるだろう、そうすれば、本物を探しながら、偽物を、切り捨てて生きていける。愛に本物も偽物もないとか、愛はその二人にしか価値はなく、存在すら証明できない曖昧な存在だとか、そんなことは言わないでくれ。ぼくの不足を不満を不安を、きちんと言語化してほしい。あなたの愛は、偽物だったから、苦しいのですよ、と言ってくれれば、ぼくは本物の愛を探しに、立ち上がるのだ。どうか、「きみの愛は『偽物』じゃなかった、でもあの子にとっての『本物』でもなかった」なんて、言わないでほしい。かならず、いつか全てを満たした現実が来ると、言ってくれ、どこかにはある、上手くやれば手に入ると言ってくれないか。不満も不足も不安も、あるのが人生だ、満たされない、それは当たり前なんだ、だれもが満たされない、なんて、そんなことは言わないで。  BABY BABY、女の子を4年間ずっと撮り続けた写真集だ。発表するつもりもなかったというその写真の中には、彼女と彼女の日々が存在している。けれど、彼女の瞳の中には、いつもカメラが存在していた。写真のなかの彼女は、自然体ではなく、でもぎこちないわけではない。楽しそうに、わざとらしい。彼女にとっては、すこしもありのままの日々ではなかった、そのことを、愛おしく見せる写真たち。わざとらしさを、愛おしく見せる写真たち。ここには、現実も非現実もなく、でも、きみはいる、確かにきみだけがいる。それだけでよかった、それだけを見つけられるから、ぼくは「人間」なのだと、気づかせてくれた。 きみを愛ちゃん3 川島小鳥『BABY BABY』 川島小鳥『BABY BABY』<文/最果タヒ イラスト/とんぼせんせい>
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