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エド・シーラン、カラダを売るクスリ中毒の女を歌った驚くべき23歳

エド・シーラン

エド・シーラン

 若干23歳イギリスのシンガーソングライター、エド・シーランの新作『×(マルティプライ)』が6月25日(日本盤)にリリースされます。映画『ホビット 竜に奪われた帝国』の主題歌『I See Fire』も収録されているほか、プロデュースには『Happy』の世界的大ヒットで今をときめくファレル・ウィリアムスに、ラッパーのLLクールJやカントリーのジョニー・キャッシュなどを手掛けてきた大物リック・ルービンを迎えた意欲作となっています。  エルトン・ジョンやジェイミー・フォックスから惜しみない賛辞を受けた彼の才気はどうやら本作でも健在のようです。アルバムからの先行トラック『Sing』はファレル・ウィリアムスのチープでありながらずっしりとしたビートにエドのかき鳴らすリトルマーチンのカッティングが心地よく絡む見事なアコースティックソウル。コーラスでの切なさと豊かな声量とが両立したファルセットも秀逸。デビュー前には年間300本以上ものライブをこなしてきたという確かな地力がうかがえます。 ⇒【YouTube】Ed Sheeran 『Sing』
http://youtu.be/tlYcUqEPN58

非難もしない、救いもしない

 そんなエド・シーランの代表曲と言えば、やはりメジャーデビューアルバム『+(プラス)』の冒頭を飾る『The A Team』でしょう。アコースティックギターの軽やかなストラミングにマイナーコードとメジャーコードを自在に行き交う流麗なメロディが何とも心地よく、ボーカルもタメて遅らせるところと急かしてフレーズを巻き取るところの使い分けが絶品です。  ただしこの極上の音楽のもてなしに乗って歌われるのが、稼いだ金をヘロインにつぎ込む娼婦のストーリーなのですから一筋縄ではいきません。 ⇒【YouTube】日本語字幕入り『The A Team』
http://youtu.be/0UJfcUTxu6k
<真っ白な唇 青白い顔 雪の中で呼吸する 焼ける肺、口の中が酸っぱい> <明かりは消え、一日の終わり 家賃を払う金もない 長い夜、風変りな男>  売人はそんな彼女のことを曲名の由来である“A級の中毒者”と呼んでいる。  もう疲れ切って外には出たくない。天使が飛ぶには外は寒すぎる。  こうして1番の歌詞は終わります。美しい音楽を冷え切った言葉が絞め殺していく、まさにシンガーソングライターの王道をゆく楽曲なのですね。  さらにエド・シーランが優れているのは、ただそのシチュエーションを観て、描くことに徹している点です。救いの手を差し伸べるのでもなく、奈落の底に突き落とすのでもない。ヘロイン中毒の娼婦が存在する、そのことも確かな生命の一つの形であることしか言いません。ソングライターはいつでも無力なオブザーバーでしかない。そのわきまえが、二十歳そこそこにしてすでに出来上がっていることが驚異なのです。 ※編集部注:エド・シーラン 1991年生まれのイギリス人。11歳で作曲を始め、16歳でロンドンへ。リュックとギター1本を持って他人の家を泊まり歩きながら、ライブ会場で自主製作CDを手売りする生活を続けた。2010年に単身LAに渡り、ジェイミー・フォックスらに才能を見出される。メジャーデビューシングル「The A Team」は初登場で全英チャート3位をマーク、60万枚の大ヒットとなった。その後のシングル、アルバムも、新人としては異例のセールスを記録している。

「立ちんぼする夜と 腕に開いた穴」

 この『The A Team』という曲の出現を予言していたかのような曲が、1983年のアルバム『Trouble In Paradise』に収録されているランディ・ニューマンの『Same Girl』だと言えるでしょう。同じようにジャンキーの女性を描いた曲であり、ソングライターの無力さという点で共通していますが、その描き方が対極にあります。  3分強の曲で歌われる歌詞は全部で11行。『The A Team』のおよそ6分の1ほどの分量です。 ⇒【YouTube】Randy Newman 『Same Girl』
http://youtu.be/SVcqukWb5WA
http://youtu.be/SVcqukWb5WA <君は昔からずっと変わらない僕の知ってる女の子 何も変わっちゃいない> <あのかわいい笑顔 お日さまみたいに光った青い目>  そんな彼女のことが大好きだと言って曲は終わります。ところが曲は重々しい短調のひどくスローなワルツで時折ストリングスが不協和音を奏でていて不穏です。ランディ・ニューマンは、その核心を途中たった3行の歌詞で言い表すのです。 <立ちんぼする夜と 腕に開いた穴と  僕といっしょに過ごした年月が増えただけのこと>  だから僕の大好きなあの子はずっと変わらない。エド・シーランが具体的で直接的な表現を用いているのとは対照的に、ランディは抑制に抑制を重ねて場景が染み出るように語っていく。  この曲が発表されたときランディは40歳でした。エド・シーランはその歳になったら一体どんな曲を書いているでしょうか。  彼の支援者でもあるエルトン・ジョンは、かつてエルヴィス・コステロの音楽番組『Spectacle』に出演した際にローラ・ニーロやキャロル・キング、デヴィッド・アックルズなどの名前を挙げて、その系譜に連なる者として自分がいるのだと語りました。エド・シーランも間違いなくその流れの中に属する正当なソングライターの一人です。  と同時に、テイラー・スウィフトと朗々とデュエットできるレンジの広さもある。正に大器と呼ぶに相応しい歌い手ですが、あのリトルマーチンだけはずっと弾き続けてほしいものです。 ⇒【YouTube】Taylor Swift 『Everything Has Changed ft. Ed Sheeran』
http://youtu.be/w1oM3kQpXRo
※歌詞原文(本文に出て来る順) 『The A Team』 <White lips, pale face Breathing in snowflakes Burnt lungs, sour taste> <Light’s gone, day’s end Struggling to pay rent Long nights, strange men> 『Same Girl』 <You’re still the same girl you always were  You’re still the same girl you always were> <With the same sweet smile that you always had  And the same blue eyes like the sun> <A few more nights on the street, that’s all  A few more holes in your arm  A few more years with me, that’s all> <TEXT/音楽批評・石黒隆之>
石黒隆之
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4
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