マイケル・ジャクソン没後5年。“新曲”のヒットと、ボツになった名曲
2009年6月25日、“キング・オブ・ポップ”マイケル・ジャクソンが突然この世を去りました。
ロンドンのO2アリーナでの公演を皮切りに、全50公演に及ぶ「This Is It」と銘打ったツアー計画を発表した矢先の出来事でした。死の当日、搬送された病院に押し寄せた多くのファンを空撮した映像も記憶に新しいところ。その翌月に生中継された葬儀の様子を観た人もいるかもしれません。
いまだ謎の多い死因や遺産相続の問題などゴシップとともに報じられることの多いニュースですが、そんな中今年の5月21日にマイケルの“新作”『Xscape』が発表されました。
数多く残された未発表曲をティンバランドやロドニー・ジャーキンスといった当代きってのプロデューサー達がリメイクするといった趣向で、早速ジャスティン・ティンバーレイクがフィーチャーされた「Love Never Felt So Good」がヒットチャートを賑わせています。
⇒【YouTube】Michael Jackson Justin Timberlake 『Love Never Felt So Good』
http://youtu.be/oG08ukJPtR8 5年経ったいまだからこそしみじみとマイケルを振り返ることができる。メロウでスムーズな曲調に合わせて彼を愛する人たちがダンスで追悼する。そこに時折「Thriller」や「Black Or White」といった過去の名作PVが織り込まれていく。特にマイケルのファンでなくても心が温まるミュージックビデオも印象深い一曲です。
I’ll Be Thereのピアノ・ソロを捧げたアラン・トゥーサン
http://youtu.be/Ck2kYWvXg3k http://youtu.be/Ck2kYWvXg3k 原曲に忠実に丁寧にメロディを拾っていく合間に、プロフェッサー・ロングヘアやドクター・ジョンでおなじみのコロコロと転がるニューオリンズスタイルのピアノのほんの触りだけが聴こえてくる。曲に対する細やかな配慮が行き届いているからこそ、その個性が際立ちます。 そして何よりも音が円い。低音域、中音域、高音域。どの局面でも鼓膜を逆撫でするような瞬間がありません。指の太さと形そのもののようなトーンとピアノを弾くトゥーサンの静かな佇まい。頭の中では幼いマイケルの声が響いていたのでしょうか。 マイケル・ジャクソンとアラン・トゥーサンとの間に交流があったかどうかは知りません。しかしレーベルメイトであったスティービー・ワンダーやライオネル・リッチー、さらには映画『ドリームガールズ』で一躍スターダムにのし上がったジェニファー・ハドソンといった人たちが捧げた豪奢な追悼から漏れてしまったものが、トゥーサンのアップライトピアノにはあるような気がします。
マイケルに提供したけどボツになった曲がある
http://youtu.be/CxDZfdiswzc 曲はスローなバラードですが、単に遅いだけでなくレイ・チャールズのように一拍、一音も逃すことなく“モタり”ます。「Don’t Let The Sun Catch You Crying」を思わせるオーセンティックなバラードで、和音と和音の間をつなぐピアノの転がりにはアラン・トゥーサンの影が見え隠れする。ファッツ・ドミノやトゥーサンの音楽とともに幼少期をニューオリンズで過ごしたランディならではの妙味だと言えるでしょうか。 その曲調とともに歌われる詞は、とことんひねくれ者のランディからすれば“ふつう”なのかもしれませんが、素朴な語彙の中に過去の名曲からの巧みな引用が見え隠れする玄人の技術が光ります。 ――Sometimes late at night I close my eyes and pretend that you’re here with me 夜遅くに目を閉じて、君がそばにいるふりをしてみることもある ――But everytime it rains I realize just how lonely my life is going to be でも雨が降るたびにこれからの人生がどれだけ寂しくなるかいやでも知ってしまう 一行目にはプラターズの「The Great Pretender」が、そして二行目はエルトン・ジョンの「Your Song」でコーラスを締めくくるあのフレーズ<How wonderful life is while you’re in the world>が裏返されたように蘇る。そして雨が憂鬱さを呼び起こすほどに、曲はまろやかになっていく。派手さとは無縁の楽曲ですが、歌い手を厳しく選ぶ風情があるように思います。 マイケル・ジャクソンはいま生きていれば55歳。この曲にもやはり『Xscape』からは漏れてしまった滋味があり、55歳のマイケルの歌で聴いてみたかったと思わせる、虚しさを噛みしめる穏やかな一曲であります。 <TEXT/音楽批評・石黒隆之>
石黒隆之
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4


