制度は、社会が決めたルールです。その社会によってルールが違うので、現在の日本のように一夫一妻の婚姻制度ところもあれば一夫多妻、多夫多妻のところもあり、どのルールが正解かは決められません。

ただ、僕たちは、一夫一妻制に慣れ親しんでいるので、これが正解だと思い込まされています。一対一の関係で完結するものが人としてあるべき姿で、そこにあるものだけが本当の愛だと思いがちです。
このルールが間違っているわけではありませんが、唯一の正解ではないと俯瞰的に捉えられることが大切です。そうしないと、感情や欲望という常に揺れ動き、自分でコントロールできないものを一対一の関係の中に閉じ込めなければならないとなり、それが難しくなったときに、自分はダメな人間なんだ、人として間違っているんだ、愛ではなかったんだ、と自己否定したり、愛を履き違えることになってしまいます。
ここで改めて原理的に考えてみると、人間にとって感情や欲望が先にあり、制度は後から作られたものです。
後から作られたものに当てはまらないからといって感情や欲望を否定すると、愛が愛でなくなってしまいます。
愛とは制度の中に収まるものでしょうか? それとも、制度の外にあるものでしょうか?
ここら辺から凄く難しい話になっていきます。もしわからなければコメント欄で質問してください。

愛というのは感情です。正確には、ある感情の瞬間的状態のことです。愛している、というのは、その感情に瞬間的に気づくことです。“愛している”ことに気がつき、愛していると言葉にするのです。
愛という言葉で言い表されている感情とは、相手の全てを、良いところも悪いところも、今だけではなく過去も、強さも弱さも、あるがままのその人を受け入れ、肯定している気持ちです。
あなたがあなたでよかった。あなたが生まれてきてくれてよかった。あなたと知り合えて幸せです。といった全肯定の気持ちを相手に抱きます。それは時として、自分の社会的利益と相反することがありますが、相手があるがまま存在することを優先します。エゴが限りなく消滅していきます。