それからも日常生活で、蔑(さげす)まれたり貶(おとし)められたりすることはなかったが、夫からの抑圧は感じていたとユキさんは言う。
「あるとき夫の実家に行く行かないで揉めたんです。私は仕事があったので行けない。でも夫は仕事を休んで来いというわけです。あなたが私の立場だったら、仕事を休めるのかと尋ねたら『男と女では仕事への責任が違う』って。
『それは関係ないでしょう。立場の問題でしょ。私、けっこう責任ある立場なんだよ』と言ったら、夫がムッとしたように『きみはオレの妻なんだから、オレの言うことを黙って聞けばいいんだ』って。そんな封建的な言い分は通用しない、だいたい、あなたは結婚してからおかしいよって私もブチ切れまして」
大げんかになっても不思議はないところだが、夫はまたも黙りこくった。夫自身、強権発動はしてみるものの、言い返されるとどうしたらいいかわからなかったのかもしれない。
「私たちには私たちなりの夫婦のありようがあると思うと静かに言ってみたら、『妻に指図はされたくない。オレは大黒柱だから』って。それが自分自身につまらないプレッシャーをかけているのに、譲ろうとしないんですよ」
話せばだんだんわかってくれるかと思ったが、2年ほど生活しているうちにユキさんはめんどうになっていった。ふたりでいる意味がわからない。楽しくないし、夫の「夫婦観」に振り回されることに疲れたのだ。
「それでもがんばったんですよ。あなたの望む夫婦像はどういうものなのかと細かくたずねたりもした。本当は彼は専業主婦を望んでいたんですね。自分が帰ったらエプロンつけた奥さんが楚々と迎えてくれるようなのが夢だった。
だけどふたりで稼がなければ食べてはいけない。だから最初から理想は破綻しているわけです。でもそれを認めようとしないから、ひとりで空回りしてしまう」
恋愛時代はいざ知らず、結婚したら「理想とする家庭像」「理想とする妻」を求めたがる男性はいるのだろう。だが、現実と理想は常にギャップがある。現実を認め、目の前の女性をきちんと受け止めなければ関係は成立しない。
結婚したら変わってしまう夫かどうかを見極めるのは至難の業(しなんのわざ)だろう。ただ、彼の言葉の端々に「理想の夫婦像」が垣間見(かいまみ)えないか、恋愛時代から少し意識しておくといいかもしれない。
ユキさんは今、離婚を視野に入れている。夫は子どもをもって家庭を完成させたいと思っているようだが、ユキさんはやはり「この人でいいのか」という思いが拭(ぬぐ)いきれない。夫に黙ってピルを継続使用しているそうだ。
―シリーズ「
結婚の失敗学~結婚観・家族観すり合わせの失敗」―
<文/亀山早苗>
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