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セックスをするときにしか来ない駅|夜のこと

「小説を書きたい」とつぶやくあの子に近づきたくて僕はいま“夜のこと”を書いている――。  作家のpha(ファ)が自らの恋愛遍歴をベースに小説を書き始めたのは、“あの子”と文章を見せ合うためだった。  手をつないだだけで気持ちいい女性、部屋のいたるところにカッターナイフが置いてある女性、上下に揺れながら彼氏ができたことを報告してくる女性。これまでに出会った女性たちとの思い出を下敷きに小説を書いては送る。 “あの子”には早々に告白して振られてしまったが、それでも関係性を保とうと書き続けた。ここにその掌編小説の一部を公開する。  ※当連載は、同人誌即売会・文学フリマ東京で発表され話題を呼んだ『夜のこと』(全二巻)に掲載された文章を大幅に加筆修正したもので、一冊にまとめた単行本版『夜のこと』は11月15日発売。

【第三回】新しい遊び

 あおむけに横たわった僕の体の上に、すごく苦しそうな顔をしながら体を上下に動かし続けている裸の女性が乗っかっている。  僕は彼女の体を若干醒めた目で見上げながら、こんなすごいことをやってるのは世界で自分たちだけのような気がするけれど、実はみんなやってるんだよな、などと考えている。  世の中の、真面目な顔して会社に通ってる人も、学校の先生も、裏ではみんなこんなえげつないことをやってるなんて信じられない。こんな世界の終わりと始まりみたいなこと、毎日やったら自我が崩壊する。二か月に一度くらいで十分だ。セックスをするたびにいつもそう思う。 「やり方少し変わったんじゃない?」  息を切らせながら、僕はなつみさんに訊ねた。 「え、そうかな」 「前はそんなにのけぞる感じの体位しなかったよね」 「あ、あは」 「新しい彼氏とかできた?」 「……やっぱそういうの出ちゃうのか。そうなの」 「おお、よかったじゃん」 「ふふ」  と、なつみさんは僕の体の上で笑った。  そんな会話を挟みながら一時間くらいで行為を終えて、そのあとはベッドに静かに横たわってぽつぽつとお互いの近況などを話し合った。セックスをしたあとはおだやかであたたかい気分になれるので、行為自体よりもそのあとのこういった時間のほうが好きかもしれない。  実は、体位以外にも彼女の変化に気づいたことがもう一つあった。それはフェラチオが以前よりすごく強くなっていて、僕にとっては少し痛いと感じるほどだったということだ。でも、なんとなく言いづらくてそれは言わなかった。新しい彼氏はハードなのが好きなのだろう。あんなに強いのに慣れると射精障害にならないだろうか、と少し心配になった。  しばらく休んだあとで、なつみさんは「またいつでも連絡してね」と言って、玄関まで見送ってくれた。玄関の靴箱にはサイズの大きな黒い革靴が並んでいる。なつみさんの夫のものだ。新しい彼氏も僕と同じようにこの部屋に来て、この革靴を見ているのだろう。  五分ほど歩いて駅に着く。幹線道路沿いの小さな駅で、駅の周りには特に商店も飲食店もなく、地味な住宅街が広がっている。町の住人以外はほとんど降りることのない駅だろう。  僕にとってこの駅は、なつみさんに会うとき、つまりセックスをするときにしか来ない駅だ。この町で僕が知っている部分は、駅となつみさんの家と、その間の道路だけだ。ホームに上るとすぐに、二両編成の電車が来たので乗りこんだ。ここから乗ったのは僕だけだった。  住宅地の中を縫うようにゆっくりと走る電車に揺られながら、さっきまでしていた行為を思い出す。あんなすごいことをしているのに、そのことを自分たち二人以外誰も知らないなんてやっぱり不思議だ。まあ誰も知らないっていうか、別に誰も知りたがらないことだろうけど。  知っている人間がセックスをしている様子を想像するとグロい。でも本当はみんなやっている。グロさを裏に隠しながら、何もなかったような顔をして世界は回っている。  この電車の車内にいる、あの背広を着た中年男性も大学生風の若い男も上品そうな初老の女性も、車内広告でにこやかな笑顔を見せている女優もスポーツ選手も、みんな裏ではあれをやっているのだ。なんて恐ろしい世界だろう。  みんな性欲からは逃れられない。この世界では、人間たちが性欲に浮かされて愚かなことをすることで、経済が回り、人口が増え、社会に流動性が生まれている。だから性欲は悪ではない。そうとでも思わないと、裸で腰を振っている自分の姿を冷静に想像すると、恥ずかしくて死にたくなってくる。  次にこの駅に来るのは何か月後だろうか。一度すると、しばらくはいいや、と思うのだけど、二か月くらいするとまたしたくなって来てしまう。あのえげつなくて滑稽な、不思議な遊びを。 <文/pha(ファ)>
pha(ファ)
1978年、大阪府生まれ。作家。京都大学総合人間学部を24歳で卒業したのち、25歳で就職。できるだけ働きたくなくて“社内ニート"になるものの、30歳を前にツイッターとプログラミングに衝撃を受けて退社し上京。シェアハウス「ギークハウスプロジェクト」を主宰し、"日本一有名なニート"と呼ばれた。著書に『持たない幸福論』『しないことリスト』『どこでもいいからどこかへ行きたい』などがある。 初の小説『夜のこと』が11月15日発売。
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