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デヴィ夫人に吉村知事、コロナ下で批判されるとキレる有名人たち

いさめられると激怒。成功者ほど正しさの呪縛に

 さて、菅総理も話した通り、感染拡大の状況下では誰もが不自由な生活を余儀なくされています。そのせいで、気持ちがささくれ立っているのもあるでしょう。  それでも、上記の方々から漂うのは、それだけでは説明できない余裕のなさなのではないでしょうか。デヴィ夫人、辛坊氏、吉村知事、堀江氏、どなたも社会的な成功者であるにも関わらず、少しばかりいさめられただけで、速攻で怒りの導火線に着火してしまう。この沸点の低さに、ドン引きしてしまうのですね。  本来ならば、高所からゆったりと大局をながめられる立場や経済的余裕のある人達に限って、必要以上に攻撃的な傾向が見られる。一体どうしてなのでしょう?
 そこでひとつの仮説として、正しさの呪縛を挙げたいと思います。成功者と呼ばれる人たちほど、自らのルールや方法論を信じて行動し、果実を得てきたという体験や実感を重ねてきているはずです。そして、自信が厚みを増し、人生そのものへの確信へと変わっていく。  もちろん、運命を切り開いてきた努力自体は否定されるべきものではありません。しかし、自分流の正しさへの揺るぎない信頼が、物事を歪めてしまう可能性も考えておくべきなのではないでしょうか。  新型コロナでいえば、ウイルスは人を選びません。にもかかわらず、大きな成果を残してきた“正しい自分”の持つ知見があれば、ウイルスをはねのけられると錯覚してしまう。その種のポジティブさがたくましければたくましいほど、他人の意見を頑(かたく)なに受け付けない心のあり方につながっているのではないかと感じるのです。

行動への批判だけなのに、人格を攻撃されたと受け取った?

 今回、デヴィ夫人、辛坊氏、吉村知事、堀江氏が逆ギレした背景には、ただウイルス対応の間違いやそれにまつわる些細なミスを指摘されただけなのに、自分たちの人格全体への攻撃だと受け取ってしまった事情があるのではないでしょうか。  不幸な食い違いではありますが、それをもたらしたものは、必要以上に肥大してしまった彼らの自我なのだと思います。 <文/石黒隆之>
石黒隆之
音楽批評。カラオケの十八番は『誰より好きなのに』(古内東子)
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