――子どもたちの発達への影響を考慮した上で、どんな対策が必要だと思いますか?
明和:感染症対策との両立を図りながら、できるだけ、できる範囲で豊かな表情を子どもたちに見せることは重要です。家庭では、コロナ禍以前よりも意識して、子どもと表情や身体を介してコミュニケーションする機会を作ってもらえたらと思います。
――豊かな表情を見せるために、最近増えているオンライン保育などで画面越しに顔の動きを見せることは、子どもたちの発達に効果的なのでしょうか?
明和:オンラインでコミュニケーションを取ることと、身体を接触させた現実世界でのコミュニケーションとでは、脳の情報処理が異なっています。たとえば、現実世界では、赤ちゃんは抱っこなどの身体的接触を大人から受けることで、脳からオキシトシンやドーパミン、セロトニンが分泌され、体の内部に「心地よい感覚」を得ます。また、それと同じタイミングで、大人から笑顔で声を積極的にかけられます。こうした育児をするのは、ヒトという生物だけです。
赤ちゃんは、身体接触をともなう大人とのコミュニケーションを日々積み重ねていくことで、体の中に沸き立つ心地よさと、その人の表情や声を結びつけて脳内に記憶していきます。すると、赤ちゃんは、その人の表情や声を見聞きするだけで心地よさを感じるようになるのです。
――身体接触をともなうことが重要なのですね。
明和:はい。しかし、身体接触をともなわないオンラインというバーチャルな世界で赤ちゃんが経験するのは、視覚と聴覚に偏っています。身体接触がないオンラインによるバーチャルなコミュニケーションだけでは、赤ちゃんは、その相手に対して心地よさ、安心を得ることはできません。私たちヒトは、こうした体のしくみをもって生まれ育つ生物なのです。オンライン、情報技術を育児に活かす際には「省力化・利便化」を図るだけでは不十分であることを認識すべきです。
これまでお話ししてきた科学的知見から、身体の触れ合いと微笑み、声かけを子どもと共有できる時空間として、絵本の読み聞かせの機会はとても重要だと思います。
――絵本の読み聞かせは、子育ての中でどんな効果があるのでしょうか?
明和:絵本という媒体を使うことによって、親子のコミュニケーションが持続します。何も使わないで長時間子どもに声をかけ続けるのは大変ですよね。でも子どもをお膝に抱っこして読み聞かせをすることで、体を触れ合わせながら声や笑顔を交わすことができます。子どもと体を触れ合わせると、大人の体にもオキシトシン分泌が高まることがわかっています。心地良い感覚が、読み聞かせる側、聞かせられる側の双方に起こるのです。
――親も子供も心地良くコミュニケーションが取れるのは理想的ですね。どんな絵本がいいのでしょうか?
明和:絵本はたくさんありますが、私が見てきた中でも『いないいないばあ』(童心社)は、本当によくできたつくりの絵本だと思います。1歳前の赤ちゃんは、眼の動きをうまく制御することがまだ難しいのですが、この本はページをめくると、視点を動かさずとも次のページの絵が視野に入るよう配置されています。また、やわらかなタッチの背景に対して、登場する動物の目の黒目・白目のコントラストがはっきりしているので、そこに注意が引き寄せられます。
――何度も同じ絵本を読むと赤ちゃんが飽きてしまうかなと思うのですが、どうなのでしょうか?
明和:『いないいいないばあ』の大きな魅力のひとつは、いつも同じ人でなくても、誰もがこの絵本を通じて赤ちゃんとコミュニケーションしやすい点にあります。お母さん、お父さん、お兄ちゃんやお姉ちゃん、おじいちゃん、おばあちゃん、保育園の先生…いろいろな人が、この絵本に巧みにつくられた絵や語りにしたがって読み聞かせると、赤ちゃんの注意を持続的に引くことができるからです。違う人の表情や声で、読み聞かせを多彩に色付けしていくことは、赤ちゃんの脳と心の発達に有効だと思います。
また、初めて赤ちゃんを育てる親御さんにとっても、非常に良い本ですね。語りにしたがって読んでいく、ページをめくっていくことで、赤ちゃんとのコミュニケーションが展開する。こうした機会を得ることで、子育てに対する自信と達成感、喜びを高めていくことができるでしょう。