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“マスク育児”が子どもの発達に影響?親・先生の表情がよめないリスク

家族間のスキンシップを大切に、お互いを癒すことが大切

中学生――主に小さな子どもについての話を聞いてきましたが、コロナ禍では思春期の子どもたちのストレスも大きそうです。 明和:思春期は、前頭前野の感受性期の第2期にあたります。この時期、前頭前野は環境の影響を受けながら変化するのですが、第二次性徴、性ホルモンの分泌の影響を受けることで「大脳辺緑系」と呼ばれる脳の奥のほうにある領域も急激に成熟します。  大脳辺縁系は、自分では抑えられない感情を沸き立たせる働きがあります。よくわからないけどイライラする、腹が立つ、こうした衝動にかられるのは、思春期特有の脳の発達が関係しています。その衝動を抑制する働きをもつのが前頭前野なのですが、前頭前野が成熟するまでには25年かかります。思春期の子どもたちは、自分の感情をうまくコントロールすることがまだできないのです。  コロナ禍で日常生活が大きく変化したことで、小さな子どもたちだけでなく、この時期の子どもたちも大きなストレスに晒されているはずです。私の子も思春期真っ只中なので、日々衝動性が起こります(笑)。そんなとき、自分の前頭前野を活性化させて「ハグをしてオキシトシンを高めよう!」と思うようにしています。そうすると、子どもも親も不思議と気持ちが落ち着くんですね。体を使ったコミュニケーションのもつ力の大きさを実感します。 ――身体接触は思春期の子にも効果的なんですね。コロナ禍では、子どもたちだけではなく親もストレスが溜まったり、不安になったりしがちです。 明和:ヒトは他者との「密・身体接触」を基本とする社会的環境のなかで、長い時間をかけて進化してきた生物です。子どもも大人も、コロナ禍による環境の激変にストレスを感じて当然です。  家族の中で、例えばお母さんなど誰か一人が頑張るのは不可能です。家族みんなが子育てに手応えや喜びを感じるためには、お互いにドーパミンを高め合うコミュニケーションを取る工夫をすることが重要です。例えば、「よくやっているね」とお父さん、お母さん、家族が互いに褒め合ったり、ハグなどの体の触れ合いを意識的に増やすことで、喜びや達成感を効果的に高めあうことができます。

フランスでは透明マスク80万枚を配布

――日本のコロナ対策についてはどのように考えていますか? 明和:日本では科学的エビデンスに基づき、子どもたちの脳と心の発達をどのように守っていくことができるかといった科学的議論が行われていません。それぞれの現場の先生方が、子どもたちにとって必要な環境を保障するため、独自に試行錯誤、模索を続けられているにとどまります。  フランス政府は昨年9月から、保育園、幼稚園や聴覚障害者の学校の教員、託児所のスタッフに向けて、口元が透明になっているマスクを80万枚を配布したそうです。なぜ、そうしたことが実現できたのかというと、幼児教育や保育現場のスタッフ、労働組合などが、科学者と一緒になって、新聞などのメディアを通じて、その必要性を強く社会に訴えた。その結果、政府もそれにこたえ、一斉配布を決めたそうです。  その後、現場からは、「子どもたちが表情を一生懸命見ようとする」とか、「これまでみられないほどの、満面のほほえみを見せてくれた」など、かなり、よい成果が得られていると聞いています。 ――現場で働く人たちや、科学者による社会への働きかけが実現したのですね。 明和:マスクをした他者との日常化がもたらすリスクについては、実験的に検証することはできません。しかし、たとえば原発事故が起こった場合の想定と同様に、科学は事前に起こりうる「リスク」を エビデンスにそってあらかじめ提示することができます。100年に一度あるかないかという事態が今起こっているわけですから、子どもたちの脳と心の発達にどのような影響が起こりうるかを提言することは、私たち科学者の責務だと思っています。 <明和政子教授 取材・文/都田ミツコ> 【明和政子 教授】 みょうわ・まさこ/京都大学大学院教育学研究科教授。博士(教育学)。京都大学霊長類研究所研究員などを経て、現職。専門は比較認知発達科学。主な著書に『まねが育むヒトの心』(岩波ジュニア新書)『なぜ「まね」をするのか』(河出書房新社)『ヒトの発達の謎を解く』(ちくま新書)などがある
都田ミツコ
ライター、編集者。1982年生まれ。編集プロダクション勤務を経てフリーランスに。主に子育て、教育、女性のキャリア、などをテーマに企業や専門家、著名人インタビューを行う。「日経xwoman」「女子SPA!」「東洋経済オンライン」などで執筆。
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