岩間さんは諦めた。結衣さんを刺激しないことだけに全神経を集中させる人生へと、シフトをチェンジしたのだ。
「とにかく……毎日疲れきっていました。結衣と暮らしてから、いい時なんて一瞬たりともなかったです」
絶望的な人生から目をそらすため、岩間さんは連日深夜まで酒を飲んで帰宅するようになる。
「夜11時までヘトヘトになるまで働いて、その後3時まで飲み、フラフラになって帰るような毎日でした。依存症に片足を突っ込んでるような状態でしたが、そうでもしないと、とてもやっていられない」

言うまでもなく夫婦関係は最悪。ところが、同棲をはじめて2年目に子供ができてしまう。
「酔っ払って寝ていると、よく結衣がおっかぶさってきたんですよ。それで、そのまま……」
なぜ拒まなかったのか?
「ぶっちゃけ、そっちは僕も嫌いなほうじゃないので、まあいいかと。毎度、流れに身を任せてました」
少しバツが悪そうに、岩間さんは言う。しかしその代償はあまりに大きかった。結衣さんは女の子を宿し、それを機に入籍、ふたりは夫婦となる。もう簡単には別れられなくなった。
「子供どころか、結婚して家庭を作るなんて、自分の人生ではまったく想定していませんでした。結衣以前に付き合った人からも、結婚を迫られるごとにその都度お断りしては、破局していましたし」
その理由を、岩間さんは自らの生い立ちに求めた。
「僕、5歳のときに両親が離婚しているので、『普通の家庭』がどういうものか、わからないまま大人になったんです。家庭というものに実感が湧かないというか」
岩間さんは両親の離婚後、父方の祖父母の家で妹さんと共に育てられた。母親とは連絡が途絶え、父親は作った借金を返すため、出稼ぎで働きに出ていたという。
「祖父母は昔の人間ですから、子供は労働力扱いなんですよ。ネグレクトがあったわけじゃないけど、子供との関わり方が、やっぱり、旧世代的というかね……」
岩間さんは言葉を濁す。それ以上、聞けない雰囲気が漂った。
「
僕に『普通の家庭』の実感が欠如していたことと、結衣みたいな『やばいとわかってる案件』に手を伸ばしたことが、無関係だとは言い切れないですね。要は、僕に人を見る目がなかったんですけど、じゃあ人を見る目ってどこで養われるんだろう? って考えるとね、やっぱり家庭環境じゃないですか」
心なしか、その語りは他人事のように聞こえた。