思い思いに着飾った女たちを、あの世からうっとりと見おろしたい
葬儀が終わり火葬場に移動してから、女子トイレで熱心に化粧直しをしている若い女性を見かけた。鏡越しでもはっきりとわかるほど、頰の高い位置にピンク色のチークが塗り込められていて、思わず釘付けになってしまった。
そう、よりによって葬儀にオルチャンメイクできているのである。ヘアスタイルも最近ではあまり見かけなくなったぐりぐりの名古屋卷きである。おそらくつけ睫毛もしていたと思う。黙って見ていると、濃いチークの上にさらに色を重ねようとしているので、「いや、さすがにもういいだろ」と声をかけてしまいそうになった。

葬儀ドレスコードの基本はあくまで華美にならず、控えめに地味にしておけというもので、ヘアメイクもそれに準ずる。ポイントメイクは口紅とアイシャドウ程度に留め、ラメやパール感の強いものは避け、ブラウンやベージュなど地味な色を用いる、マスカラやチークはできれば使わない、ネイルは落とすことが望ましい等々、こちらもまた細かくルールが設定されているのだが、火葬場で見かけた彼女はまだ若いながらに、それらを一から百まで侵すような堂々たるマナーファッカーであった。
「私が死んだら葬式はしなくていい。火葬だけして海に散骨して」
と夫には言ってあるが、思い思いに着飾り、真っ赤な口紅にこってりとマスカラを塗った弔問客が参列するのであれば葬式をするのも悪くないかもしれない。涙に溶けた黒いマスカラが彼らの頰を流れ落ちていくのを、あの世からうっとりと見下ろしたいものである(いまどきのマスカラは、涙で落ちるほどやわではないけどね)。
<文/吉川トリコ>
吉川トリコ
1977年生まれ。2004年「ねむりひめ」で女による女のためのR-18文学賞大賞・読者賞受賞。2021年「流産あるあるすごく言いたい」(『おんなのじかん』収録)で第1回PEPジャーナリズム大賞オピニオン部門受賞。著書に『しゃぼん』(集英社刊)『グッモーエビアン!』『マリー・アントワネットの日記』(Rose/Bleu)『
おんなのじかん』(ともに新潮社刊)などがある。