「そのころ私、タクヤにずいぶんひどい言葉をぶつけていたみたいです。自分ではよく覚えていないんですが。今までごめんね、もう一度、ふたりで生きていきたいと言ったら、タクヤは『オレもそう思ってる。ミオリの立場になれなくてごめん』と。これで夫婦仲が元に戻ったと思ったんですが、なんだかギクシャクが抜けないんですよね」
ミオリさんが流産したあと、ふたりは寝室を別にしていた。タクヤさんは帰宅が遅くなることもあるのでミオリさんに負担をかけまいと別室で寝ていたのだ。ところがふたりで話し合ったあともタクヤさんは寝室に戻ってこない。
「今、仕事が忙しくて遅くなったり早朝出勤があったりするから、まだ別のほうがいい」というのだ。
「それじゃしかたがないと寝室は別のまま。私は通常勤務に戻りましたが、タクヤは毎晩遅かったですね。出張もあったし、確かに忙しそうだった。
ゆっくり話してないままに週末を迎え、その週末でさえ彼は仕事だと出かける。まったく会話がないわけじゃないけど、お互いに遠慮していたのか、核心をついた言葉を出せなくなっていた。気づいたら、流産してから1年もたっていました」

元気になったミオリさんも、再び仕事に集中している。同じ家にいながら、洗濯も掃除もそれぞれが時間のあるときに自分の分だけするようになっていた。
「ただ、ときどきタクヤは私の実家に行きたがりました。そんなときは昔のタクヤのまま。うちの両親におもしろい話を聞かせたり、くつろいで父とお酒を酌み交わしたり。
タクヤの両親が上京すれば、私と4人で楽しく食事をしました。でもふたりきりになると、『大丈夫?』『無理すんなよ』ということくらいしか言わない。他愛ない会話ができなくなってしまった……」
ミオリさんは寂しかった。その寂しさから、会社の同僚や後輩と酔った勢いで一夜をともにしたこともある。だが、深夜に帰れば夫は寝ているし、朝帰りをしたときは夫はすでに出かけたあとだった。夫にバレて揉めてもいい、離婚となってもかまわない。そう思っても、バレる状態にさえない。
孤独感が埋められなかった。だからよけい仕事に埋没し、息抜きのように不倫をした。夫もそうなのかもしれない。それなのに心を通わせる機会をお互いに避けていた気もするという。今、振り返ればの話だが。
「35歳になるころ、子どもはどうするとタクヤに聞いたんです。すると彼は『ほしいと思ってる』と。じゃあとふたりで久々にしようとしたんですが、タクヤはできなかった。ごめんと言われて私もなんだか惨めな気分になって……」

気持ちを落ち着けるために不倫を繰り返した。一夜だけの関係もあれば、1年ほどつきあったこともある。だがなぜかどうしても離婚したいという気持ちはわいてこない。かといって、もう一度じっくり話し合ってともに進むのにも躊躇(ちゅうちょ)があった。
「心の距離は遠いんだけど、もうそれで固まってしまったのかもしれません。同居人としては不快ではないし。彼も外に女性がいるのかなと思うこともありますが、不思議と嫉妬はないんです。
最近、たまに日曜日などふたりとも休みで家にいるときがある。彼は自室にこもっている。私はリビングで本を読んで。彼が自室から出てきたときに、お茶飲むと聞くと『うん』って。おいしい紅茶があるよというと、彼がいれてくれる。一緒に飲んで、最近、どう、うん、まあまあなんて言ってまたそれぞれ自室に引き上げる。
夜は私の実家で食事をしたりもします。そういうときは変わらず絶好調で、親に対して“娘のいい夫”を演じてくれる。これはこれでいいのかななんて思うこともあります」