その後、「いつトモミちゃんの夫が乗り込んでくるかわからない」という恐怖を覚えながら、トシアキさんは生活していた。そして1ヶ月後、共通の知り合いから「トモミ一家が引っ越した」という噂を聞いた。だが何があったのかは誰も知らない。携帯電話もつながらないということだった。
「僕も連絡してみたけど、もうこの電話は使われていないということでした。彼女は何も言わず去ってしまった。もしかしたら離婚されてしまったのかもしれない。でも引っ越したということは夫には何らかの言い訳が通用したのか。子どもたちと離ればなれになっていなければいいのにと思うしかなかった」
自分だけが無傷で生き残ってしまった。その思いが彼を苦しめた。いっそ妻にすべて打ち明けようかと思ったこともあるが、妻を傷つけるわけにはいかなかった。
つい数ヶ月前、トモミさんと仲良くしていた当時のママ友と再会したとき、彼はようやく彼女のその後を知った。
「引っ越していったのは、夫が突然、会社を譲渡してしまったから。もしかしたら仕事上、何か危ない橋を渡ったのかもねとそのママ友は言っていました。引っ越し先はトモミの実家近くで、とりあえず実家の農業を手伝いながら暮らしていると。夫はまた新たな事業でもやるつもりじゃないかということでした。
とりあえず一家離散は免れたみたいでホッとしました。まあ、彼女の夫にバレていないという証拠はないけど……。ただ、トモミの実家に行ったのなら、夫の暴力もおさまってはいるんでしょう」
結局、あの逃避行は何だったのか。トシアキさんはホッとしながらも釈然としなかった。だが自分もまた元の生活に戻ったことで胸をなで下ろしているのだ。あれは一時の気の迷いと考えるしかないのかもしれないと今は思っている。
「一気に燃え上がって一気に鎮火して……。それでもまだ心の中で何かがくすぶっている。そんな感じです。いつかトモミちゃんに会えたら謝りたい。その日が来るかどうかもわかりませんが」
もちろん家族には常に心の中で謝罪していると彼は言う。真実を妻に言う日は一生こないだろうけれど、とも。1日だけの逃避行は甘く、そして苦い思い出となっていくのだろうか。
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<文/亀山早苗>
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