遠山さんは離婚の数年後に再婚したが、再婚相手は大手商社勤めのキャリアウーマン。遠山さんいわく「
奈津と同じ系統の、超ハイスペ女性」だそうだ。
「僕は常に刺激を求めてるんだと思います。新しい知識、新しい価値観、新しい世界。いつも何かを知りたくて仕方がない。知的でスリリングな会話をしたい。だから、
今の妻からも怒られるしキレられますが、僕が欲しいものを得るためには仕方のないトレードオフかなって」
驚くべきチャレンジ精神、驚くべきバイタリティ。見た目だけでなく、心も若い。
「僕、精神的に余裕があるんだと思います。だからチャレンジできる」
なぜ、そんなにも精神的余裕があるのか?
「
ある程度は、経済的な余裕から来ていると思います」
遠山さんの年収は、結婚時点で1000数百万円。奈津さんも同じくらいだったので、子供なし、世帯年収2000数百万円のパワーカップルだった。今のパートナーともその水準をキープしているという。経済的余裕がもたらす精神的余裕、金持ちケンカせず。思わず「上級国民……」と言いかけると、遠山さんはすかさず遮った。
「
僕程度で上級国民だなんて言われてしまうこの国、ちょっと夢がなさすぎますよね」
店に入って3時間。ワインで舌の滑りが良くなった遠山さんは、雑談がてらこんな話をはじめた。
「僕、いわゆる『せんべろ』、とか、安い飲み屋に行くのが趣味なんですけど、こないだとある街の路地裏にあるモツ煮込み屋で“感動”したんです。隣に若いカップルが座って会話が聞こえてきたんですが……」

好奇心旺盛のキラキラした目で、楽しそうに話す遠山さん。
「男性はもともと自営業だったけどうまくいかなくて、少し前にサラリーマンになったみたいでした。女性が『会社どう?』って聞いたら、男性が自信満々に『ボーナスがあるんだよ!』って答えたんです」
興奮気味に続ける。
「その時に初めて、こんなにも違う世界があるんだって思いました。ボーナスがあるなんて当たり前じゃないですか。なのに
『ボーナスがある』ことに感動する人間がこの世に存在するというのが、すごいと思って。これは発見でした」
驚いた。遠山さんに、である。「ボーナスがある」のは今のご時世、決して「当たり前」ではない。
「東京都の年収中央値が、570万とかでしたっけ。正直こっちは世帯年収2000万だから、そういう人たちと接点を持ったり、交流をする機会はまったくない。だからモツ煮込み屋みたいな世界の話って、ほんと新鮮で」
奈津さんが何に怒っていたのか、少しだけわかった気がした。
【ぼくたちの離婚 Vol.24 上級国民の余裕】
<文/稲田豊史 イラスト/大橋裕之 取材協力/バツイチ会>