遠山さんに手厳しくダメ出しをする奈津さん。そんなに気に入らないなら単独で行動すれば良さそうなものだが、そうはならなかった。
「僕、休日はけっこう出不精で、家で映画なんかをのんびり観ていたいタイプなんですけど、奈津はとにかく出かけたい人。僕は拘束しないから勝手に出かけてくれて構わないよと言うと激怒しました。『
それじゃあ二人で暮らしてる意味がないじゃない!』って」

結婚した以上、ふたりで行動したい。しかしそうすればするほど、遠山さんの能力が「水準に達していない」ことに苛立ってしまう。奈津さんはどんどんストレスを溜めていった。
「
完璧に最適化された自分の行動パターンが、僕のせいで崩れるのが不快で仕方なかったんだと思います」
奈津さんの感情の動きが理解できないこともあった。
「ものすごく色々なことを考えて生きているので、普通の人が気づかない、ちょっとしたノイズもすくい取ってしまうんです。補聴器の感度が高すぎて、遠くのかすかな雑音まで拾ってしまうような。以前、海外旅行先で外食したあと、ふたりで海岸沿いをブラブラ歩いてたんですが、
奈津が突然押し黙ったと思ったら突然キレて、僕は平手打ちを喰らいました。いまだにどうして怒ったのかわかりません。僕にはとうてい理解できない複雑な回路が頭の中にあるんでしょう」
そもそも、結婚を申し出たのは奈津さんだったという。だが、そこまで頭が良く考えの回る奈津さんであれば、結婚後の衝突など容易に想像できたのではないか?
「
そこは……謎です。僕もなんとなく結婚を承諾して、深くは考えませんでした。いま思えば、すべてが“なあなあ”だった、としか」
結婚から3年後の2014年に離婚。最後の1年間、夫婦の間に会話は一切なかった。
ざっくり言えば、夫婦の性格の不一致。ありふれた離婚事由である。が、遠山さんの話で真に聞くべきなのは、ここからだった。