「見るほどぞしばし慰むめぐりあはむ月の都は遙かなれども」
美しい歌である。紫式部による『源氏物語』の12巻「須磨」で光源氏が、遠く京の都を想って詠んだ一首。一恵の両親が営んでいた和菓子店「芳華堂」で、ふと上の方を見上げた光彦が、この歌の上の句を詠み上げる。この瞬間ばかりは、役柄を超えて迫り出してきた岩田剛典が、何とも奥ゆかしく映る。これが岩田剛典のリアルなんだと、彼は同時に、そう言いたげでもある。
ついこの間から、ソロアーティストとして、歌手デビューした岩ちゃん。彼の歌心が、こうもストレートでかつ叙情的な表現で織り込まれる。それが本シリーズの深い歴史性と共鳴しながら、物語の核心へ向けて、丁寧に掘り下げられていく。
さりげなくも、大胆。それでもなお奥ゆかしい岩ちゃんを味わうには、十分なこの名場面が、新たな1ピースとしてはめ込まれた本作。これは、シリーズ屈指のマスターピース(傑作)の予感!
鎌倉から京都へ、古都から古都へ。あっちへこっちへ忙しない印象を与える光彦なのだが、この古都移動は、まるで能の世界を思わせる。「葵上(あおいのうえ)」や「玉鬘(たまかずら)」など、『源氏物語』に題材を求めた能がいくつもある通り。
能楽師が自由自在に時空を超えるなら、俳優はカットが替われば、一瞬のうちに別の場所へひとっ飛びできる。さっきの和歌を諳(そら)んじる場面では、時を超えて、古の時代を引き寄せるように、光源氏の時代の雅な精神が、画面を包み込むように立ちこめていた。
あるいは、事件の鍵を握る人物、一恵の両親に駆け落ちされた苦い過去を持つ若尾剛(加藤雅也)に取材のていでコンタクトを取る場面。光彦と若尾が歩く京都の庭園と鎌倉の海が、動かぬ証拠を突き付けるように時空を超えて重なるようだった。
他の作品でも、たとえば『去年の冬、きみと別れ』(2018年)のクライマックス、復讐を果たした主人公が見せたあの鬼面の表情を思い出してみてもいい。岩田剛典という人自体が、時間と空間を超越した異能の俳優なのである。
事件が解決し、ある人物に真相を話す場面、これは待望の瞬間だった。鎌倉に舞台を設定した本作が、ここにきて岩ちゃんをやっと浜辺に降臨させたのだ!
しかも筆者には馴染みの材木座海岸。沖合に見える和賀江島が干潮ぎみで目前に迫り、東には逗子マリーナがのぞく。この場面でもまた、これが岩田剛典だと言わんばかりの表情。
海辺の岩田剛典で幕とする本作、やっぱりシリーズ屈指のマスターピースだった。最後は、異能の人にぴったりの、こんなおまけ付き。月夜の海から照り返される光の君、その名も、岩田剛典だったという。令和版・浅見光彦は、永遠の美男子を象徴する光源氏を、この現代にこんなにもさりげなく素描してみせたのだ。
<文/加賀谷健>
加賀谷健
イケメン研究家 / (株)KKミュージック取締役
“イケメン研究家”として大学時代からイケメン俳優に関するコラムを多くの媒体で執筆。アーティストマネジメント、ダイナマイトボートレース等のCM作品やコンサートでのクラシック音楽監修、大手ディベロッパーの映像キャスティング・演出、アジア映画宣伝プロデュースを手掛ける。他に、LDHアーティストのオフィシャルレポート担当や特典映像の聞き手など。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。
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