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カンヌ2冠の衝撃作『怪物』で安藤サクラを超える“ゾッとする凄み”を放った名女優

生気がないが人間味は失っていない、田中裕子の凄み

映画『怪物』場面写真©2023「怪物」製作委員会 親しみやすいが抑えられない怒りを見せるシングルマザーを演じた安藤サクラと、対して不遜な言動をする先生の永山瑛太の存在感と演技に圧倒される本作だが、ここでは何よりも、校長を演じた田中裕子を推したい。  もはやロボットか何かのように思えるほどに生気がなく、いっさいの感情がないようにさえ見える表情に心底ゾッとできる。「私が話しているのは、人間?」と問われるのも当然だと思えるほどの説得力があるのだ。  是枝裕和監督は、田中裕子の出演作で強く印象に残っているのは1981年のドラマ『想い出づくり。』だったそうで、「僕の中ではずっと特別な存在だった」と語っている。  その田中裕子が初めて自身の監督作への出演となるため是枝監督は緊張したそうだが、「田中さんのお芝居は所作ひとつ、台詞の間合いひとつ取っても、無駄なものがいっさい削ぎ落とされてるんですよね。それでいて人間味が失われていない。すさまじいと思いました」と感嘆したという。  確かに、田中裕子演じる校長は単なる無表情の悪役に始終するわけではなく、人間味が感じられる場面もある。  周りが噂のように語っている、彼女が見舞われたとある悲劇は、確かに「心が壊れてしまう」のも納得できるほどのものであった。だからと言って、許せるだとか、実は良い人だとかいった、簡単な解釈にも落ち着かせてくれない。  序盤のただ目が死んでいる印象にとどまらない、「この人はどういう人なんだ」と思考を巡らせ続けさせられる、複雑で深淵なる役を演じ切った田中裕子の凄みを目撃してほしい。

物語に相乗効果をもたらした是枝監督と坂元裕二

映画『怪物』場面写真©2023「怪物」製作委員会 この映画で描こうとしていることは何か。ネタバレをせずに言えることは、「人は往々にして一面的なことしか見えていない」ことだろうか。それを持って、この映画ではタイトルにもなっている「怪物」とはいったい誰なのか?と問い続けている。  息子と親友のように接しているシングルマザー、はたまた身勝手に思えていた担任教師や校長、そして純粋無垢にも見えた子どもたちは、何を見ていて、何を見ていなかったのか。  そこから、身近な人を理解するためにできることは何か、人生や生活を崩壊させかねない「怪物」はどこにいるのか? などと、現実のさまざまな出来事に照らし合わせて考えることができるだろう。  そして、是枝監督と脚本を担当した坂元裕二には、物事の認識が登場人物同士で食い違う様や、家族や児童に関わる社会問題をモチーフにするなど、作家性が近いところがあるように見受けられる。  その2人がタッグを組んでこその相乗効果が、繊細かつ大胆な心理描写、「怪物」について熟考できる奥深さ、何よりエンターテインメントとしてグイグイ引き込まれる魅力に表れたのではないか。  ぜひ、一緒に観た人とも、その「怪物」について話し合ってみてほしい。 <文/ヒナタカ>
ヒナタカ
WEB媒体「All About ニュース」「ねとらぼ」「CINEMAS+」、紙媒体『月刊総務』などで記事を執筆中の映画ライター。Xアカウント:@HinatakaJeF
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【公開情報】
映画『怪物』
6月2日(金)全国ロードショー
©2023「怪物」製作委員会
配給:東宝 ギャガ
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