
『冬薔薇』DVD(Happinet)
2021年5月26日。伊藤は阪本順治監督に出会う。阪本組に引き入れられたことが、「自分の第二章の始まり」になったと本人は語る。
映画復帰作『冬薔薇』初日舞台挨拶(2022年6月3日)で伊藤は終始涙を浮かべ、阪本監督へ宛てた手紙で思いを述べた。
捨てる神あれば拾う神ありとはまさにこのことだ。
不祥事を起こした有望の若手俳優が、こうして万感の思いで表舞台に復帰する。緊張どころの心境ではなかっただろう。ともあれ、改心したのならそれ相応のチャンスは再び与えられるべきだ。
作品タイトル「冬薔薇」とは、冬に咲く薔薇のことを言う。凍てつく環境下でも美しい花を咲かせる。復帰映画の舞台挨拶で凛としている伊藤その人に、これ以上ぴったりな作品はないと思う。
同作の舞台は横須賀。ガット船の船長である父・渡口義一(小林薫)の心配をよそに、渡口淳(伊藤健太郎)は地元の不良グループとつるみ、行きずりの女性から汚い金を巻き上げる。気だるい根無し草のような日常と人生。
脚本を書いた阪本監督はなぜこのような物語を伊藤のために用意したのか。伊藤が経験した現実の過酷さを反映させただけではない。
どうしようもない体たらくの主人公を通してしか見えない俳優人生の景色があると考えたからではないのか。
この役を見事に演じきり、自身の血肉とした伊藤は確かな深みある表現を得た。それが主演最新作である『静かなるドン』(2023年・DMM TVで視聴可能)では、さらに磨きがかかる。反社会的な淳の生き方をより色濃くした、今度は完全に反社の人間を演じることで浮かぶ俳優像とは。