元TBSアナウンサーの宇垣美里さん。大のアニメ好きで知られていますが、映画愛が深い一面も。 　そんな宇垣さんが映画『枯れ葉』についての思いを綴ります。 ●作品あらすじ：2017年に監督引退宣言をし、世界中のファンを悲嘆に暮れさせた、『浮き雲』、『過去のない男』、『ル・アーヴルの靴みがき』などヒット作で知られる名匠アキ・カウリスマキ。 復帰作『枯れ葉』は、おたがいの名前も、電話番号も知らないまま恋に落ち、運命に振り回されながら想いを成就させようとする二人のラブストーリーです。フィンランドの首都、ヘルシンキの街で、孤独を抱えながら生きる女と男を、『TOBE／トーベ』主演のアルマ・ポウスティと、『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』主演のユッシ・ヴァタネンが演じます。 2023年・第76回カンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した本作を宇垣さんはどのように見たのでしょうか？（以下、宇垣美里さんの寄稿です。） 突然の引退宣言から6年、アキ・カウリスマキが帰ってきた！ 復帰作はとびっきりのラブストーリー。社会のすみっこに生きる冴えない男女が織りなす大人の御伽噺（おとぎばなし）からは、市井（しせい）の人々への愛に満ちた温かな眼差しがうかがえて、ああだから私は彼の作品が好きなのだと胸がいっぱいになった。 スーパーで働くアンサは理不尽な理由から仕事を失い、ホラッパは工事現場で働きながらもなかなか酒がやめられない。ある夜、ふたりはカラオケバーで出会い、互いの名前も知らないままに惹かれ合う。 もう一度会うことを約束したのに、不運なすれ違いの連続でなかなか再会することができない。果たして幸せをつかむことはできるのか。 背景にはノスタルジックなヘルシンキの街並み、赤と青の印象的な色彩に独特の間、無表情な登場人物たちと可愛い犬。 セリフは少なく音楽で語らせるスタイルなどまさにカウリスマキワールド全開で、次々と登場するお馴染（なじ）みの俳優陣には思わずほっこり。 携帯やパソコンはほとんど出てこず、フィンランド歌謡やタンゴといった多様な音楽使いも相まってタイムレスな雰囲気を醸（かも）しているが、傍（かたわ）らにあるラジオからは常にウクライナ侵攻の悲惨なニュースが流れ、この物語の舞台は現在であることが分かる。 労働者三部作に連なる本作。労働者の貧困やロシアとの国境を有し他人事にはなりえないウクライナ戦争、アルコール中毒などフィンランドが抱える社会問題を盛り込み、その上で裕福ではない人々のささやかな幸せにスポットライトを当てている。 劇中で何か大きな事件が起こるわけではない。過酷な現実に時に打ちひしがれながらも、それでも希望を信じ、生きることを肯定する優しい世界がしみじみと沁（し）みる。何がカウリスマキを再び創作へと誘ったかがひしひしと伝わってきた。 悲しいことばかりが起こるこの凍える冬にほっと心を温めてくれるような作品だ。 今日はちょっとだけいいお惣菜（そうざい）を買って、大切な人と食卓を囲みたい、そんな気持ちになった。食卓を共にする人と犬がいれば、それでいいのだ。 『枯れ葉』 監督・脚本：アキ・カウリスマキ／撮影：ティモ・サルミネン　出演：アルマ・ポウスティ、ユッシ・ヴァタネン、ヤンネ・フーティアイネン、ヌップ・コイヴ 　配給：ユーロスペース　© SPUTNIK OY 2023　Photo: Malla Hukkanen 【他の記事を読む】⇒シリーズ「宇垣美里の沼落ちシネマ」の一覧はこちら ＜文／宇垣美里＞ ⇒この著者は他にこのような記事を書いています【過去記事の一覧】