――ベクトルがはっきりしていたということですが、途中で悩んで立ち止まったりは。
水上「もちろん常に悩みはあります。それこそ今も。たとえば『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の演技にしても、これでいいのかな、ああかな、こうかなと永遠に考えます。でも、悩んだ芝居のままでいいのならいいんですけど、彰は悩んでいない、というか、悩んでいるかもしれないけれど、悩んでいるところを見せない青年なので、悩んでいる僕の体はいらないんだという結論を出し前に進みます。
つまり、そのときにできることを全力でやっていくしかない。それこそ自分の世界観を武器にしていくしかないんです。それで勝負して、それを評価してもらわないと、長い目で見て生き残れないと思っています」
――ちなみに、小さなころから「嫌だ」「これがしたい」といった意思表示ができたというのは、そうしやすい環境にあったのでしょうか。
水上「特に父親から“お前はどうしたいんだ”とは、よく聞かれました。あと、幼少期から、憧れる人や、周囲で評価されている人たちは、自分の意見をきちんと言える生き方をしています。その良し悪し以前に、単純に、そうできなかったら淘汰されている。野球で例えるなら、レギュラーを勝ち取るためには、技術はへたくそでもまずは声を出していかないといけない、みたいなところがあったと思います」
きっと僕は、この仕事じゃなかったら、結構面倒くさい人
――自分の世界観を武器にというお話がありましたが、現時点で、ご自身の強みはどこだと思われますか?
水上「ひとつ挙げるなら自分の感性でしょうか。僕は感性が、ズレているといえば、ズレていると思うんです。でもそこが面白いからと使ってくださる監督やプロデューサーもいますし、少なからず今、仕事の部分で一番近しい仲間たちは、僕のそういう部分を評価して一緒にやりたいと言ってくれています。
だから、自分はこのままでいいんだと思えているし、そう思える環境を作ってもらっているのも、すごくありがたいです。そしてそれを評価して使ってくださる監督、プロデューサーを含め、本当に周囲にいるみなさんに対して、ありがたいと思っています。きっと僕は、この仕事じゃなかったら、結構面倒くさい人だと思います。この職業で本当に良かったなと思っています」
――もともとこの業界を志望していたワケではないですよね。
水上「そうですね。そこは運命のいたずら、と言ったら聞こえはいいかもしれないですけど、こうなってラッキーだったなと思いますし、今の場所が、とても居心地がいいです」
――ありがとうございます。これからも期待しています。
<取材・文・撮影/望月ふみ>
望月ふみ
70年代生まれのライター。ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画系を軸にエンタメネタを執筆。現在はインタビューを中心に活動中。
@mochi_fumi