――主人公の夫・翔太は、症状が進行すると暴言を吐くようになりますが、これはなぜなのでしょうか。
吉田いらこ(以下、吉田):若年性認知症の症状によるものなのか、病気や後遺症による生活のストレスのせいなのか断定はできないようです。
ただ、私の父の場合は、手術で前頭葉を摘出したために、脳の理性や記憶を司どる機能の部分がなくなってしまっていると医師から説明されました。怒りっぽくなって家族を怒鳴りつけることもあり、最初はすごくショックでした。
――言動が変わってしまうせいで、社会生活が困難になってしまうこともあるのでしょうか。
吉田:脳の病気が原因ということは見た目には分からないので、急に怒り出したりすると周りの人から「あの人変だね」と思われたりするかもしれません。それは本人にとっても辛いことだと思います。
病気が原因で言動が変わってしまうケースがあると知っていただけたら、もう少し優しい世の中になっていくのかなと思っています。
――性格が変わったように感じるのは、周りの人にとっても辛いですね。
吉田:最初は辛かったし私と妹が泣いてしまったこともあったのですが、徐々に慣れていきました。ずっと暴れ続けるわけではなく、ひとしきり怒って叫んで数分経ったらリセットされるように静かになっていました。
だから私達も、「どうせ5分後には忘れて大人しくなるから」と受け流すようになりました。ただ、やはりすぐに感情的になるのは大変だったので、後に病院に相談して薬を処方してもらって父を大人しくさせてもらうことになりました。
――吉田さんは、お父様の様子をどう受け止めていましたか?
吉田:最初の手術を受けたときに、本当の父は死んでしまったんだと思っていました。
手術で切り取った脳の部分は手のひらに乗るくらいの大きさだと思うのですが、「その中に父の全てが詰まっていたのかもしれない」と考えていました。
人格といえるものが無くなってしまったら、その人らしさが何だったのかも分からなくなってしまうと思います。
――時には、「その人らしさ」が垣間見えることもあるのでしょうか。
吉田:機嫌のいいときは「昔のままだな」と思うこともありました。
不思議なことに、音楽は記憶に残っているようで昔の曲とか好きだった曲を聴いて泣いたり笑ったりするのを見てたら、音楽に関する記憶の引き出しは残ってたんだと思いました。「そこは 変わってないんだな」と思って、昔の父がちょっと顔を出したような感じでした。
そういうところが見えると、看護をしている側はやはり嬉しいと思います。「やっぱり、この人のこういうところを好きになったんだろうな」と思い出すのではないでしょうか。
――当時は、どんなことが1番辛かったのでしょうか。
吉田:父との新しい思い出がもう2度と作れないということです。思い出をたくさん重ねていくことで、家族や大切な人に対する気持ちが深くなっていくと思うのですが、それがもうできないのが悲しかったです。