そのあと詳しく聞いたのですが、彼は母と姉3人という家族構成らしく、姉は3人とも私より年上でした。つまり、待望の男の子。かわいがられるのもわかります。
お母様は、彼が大学生になるころまで、いわゆる“大人が好きな食べ物”を一切食べさせなかったそうです。ワサビをはじめとした薬味類、納豆などのクセが強いもの、苦いもの、辛いものを、「これはやめておこうね」と、彼の前から排除していたのだとか。

さらに、姉たちは好きなものを食べていましたが、彼に対してはお母様と同じようにしていたそうです。こうして、唐揚げやオムライス、カレー、ハンバーグといった、子どもが好きなものしか食べられない成人男性が爆誕。ちなみに、焼き魚が苦手なのは自分で魚をほぐしたことがないからでした。
正直、「哀れ」だと思いました。救いだったのは、彼自身もその環境が異常だと気づき始めていたこと。「それは“苦手”とか“嫌い”とは違うよ。食べたことないだけじゃない?」と説教めいたことを言ってしまったのですが、「やっぱりそうだよね。チャンジャ、食べてみようかな」と言ってひと口食べていました。結局、口に合わなかったんですが。チャンジャを口に運ぶ彼を見て、なんだかすごく感動したのを覚えています。
好き嫌いは仕方のないことです。でも、もし自分の弟が同じような人間になってしまって、恋愛がうまくいかなかったり、飲み会で上司にドン引かれたりする姿を想像したら…私は母を恨むでしょう。もちろん、そうなる前に止めます。
彼は、その後も一緒にご飯を食べる際に「これ無理」「あれ嫌い」と言い、ちゃんと聞くと「食べたことがないだけ」ということが多々ありました。もう彼の中で成立しちゃってたんですね。“未知の食べ物=嫌い”という方程式が。
結果的に別の理由で彼とは会わなくなりましたが、私は、彼にひと言でも「俺、好き嫌い多いから食べたいもの先に言っておくね。紫は好きなもの頼んでね」と言ってほしかっただけ。好き嫌いを直せ!私に合わせろ!と言いたいのではなく、せめて自覚してほしかったなぁと思いました。もし今後彼のことを愛す女性がいたとしたら、「そのままでいいよ」とか、「ダメ!大人のくせに!」とか言うのでしょうか。それもまた、愛なんでしょうか。
この一件で、過去の苦すぎる思い出も踏まえて、私は“末っ子長男”がトラウマになってしまいました。もちろん出会ってすぐに「何人兄弟?」と聞くようなことはしませんが、「なんか合わないぞ…」と思ったら姉が2人いた、みたいなことは今でもあるので、単に相性が良くないのでしょう。
愛をたっぷり注いで育てるのはとてもよいこと。でも、行き過ぎた愛には要注意。恋愛だけでなく、親子や姉弟でも、ですね。
<文/七尾紫 イラスト/織田繭>
七尾紫
元・恋愛体質のフリー編集者。ダメ男に好かれてしまう特異体質を持つ。DVと不倫以外は大体やられている