
伊藤健太郎日めくりカレンダーメイキングDVD付きAmazon限定カバー版(東京ニュース通信社)
つややかで色っぽくあるばかりではない。彼は余計な動きを一切していない。ゆずの方へ視線を移動させ、むにゅっと動いてから、意志決定の台詞を発するまでの一連のフローは、非の打ち所がない。
高坂健斗というキャラクターの役柄に合わせながら、的確に視線を動かしていく。それによって、視聴者(観客)が画面上に写るもののどこを今見たらいいのかを誘導してくれる。ほんとうに必要なことだけをやる意味で、シンプルであり、余計なことをしない演技。
伊藤固有のシンプルな演技が最も効果的に発揮されていた作品がある。工藤遥主演映画『のぼる小寺さん』(2020年)である。ワンカット目、ボルダリングに明け暮れる小寺(工藤遥)が、壁をよじ登る後ろ姿を見つめるクラスメイトがいる。近藤(伊藤健太郎)の後頭部が、画面上手に写る。目の前の光景をただ見つめ、眼差す。同作の伊藤健太郎は、それだけに徹しているかに見える。
見つめ続ける伊藤を今度は正面から、ローアングルで捉える。演出意図を汲んで的確に視線を向ける。ほんとうに、それだけ。なのに、冒頭場面が魅力的になり、映画が成立してしまう。
特に仲がいい友だちがいるわけでもなく、何となく学校生活を送る近藤が、卓球部の玉拾いをだらだらする場面では、ふと視線を上げる。前方に視線を遣ると、小寺が壁を登っている。伊藤の視線移動から次のカットに切り替わる瞬間の映画的リズム。そのときめき(!)。
同作の古厩智之監督に個人的に聞いてみた。
「ボーっと見る才能がありました。何もやらずに口をあけて見つめることができる。自意識から解き放たれることができる」
と伊藤の演技について回答を得た。ひとつの画面(フレーム)内での彼は、ほんとうに必要なことだけをやっていることがわかる。
小林聡美主演の『ペンションメッツァ』(WOWOW、2022年)では、自転車に乗った伊藤がドアの向こう側に初登場する。画面自体とドア枠、ふたつのフレームに入ってくるタイミングを完璧に計算して把握している。演出に呼応する演技にうっとりする。