また、日本を舞台にした“戦争もの”の作品は多いが、基本的には“敵国”が登場するため、怒りの矛先をそこに向けることができる。しかし、第11週現在の嵩の敵役は日本だ。厳密に言えば、
愛国心にあふれ、お国のために命を捧げようとしている日本男児たちである。

やなせたかし氏が、自らの戦争体験を綴った『ぼくは戦争は大きらい:やなせたかしの平和への思い』(小学館クリエイティブ単行本)
そんな勇ましい日本人を敵視できれば多少は楽に視聴できるかもしれない。しかし、
いじめという異常行動を取ることでしか平静を保てないほど、彼ら自身が置かれている環境が異常であることがうかがえる。
実際、第52回で馬場は嵩らに「だいぶ殴ってすまんやったな」と謝罪、続けて「わしは、下ば殴って憂さ晴らしするんはやめるばい」と語っている。許される暴力はこの世にないが、馬場としても殴る以外に気を紛らわせる手段を持ち合わせていなかったのだろう。だからこそ、先輩隊員を責める気にはなれない。
結局のところ、戦争に踏み切った“お国”、つまり政府こそが、ヘイトを向けるべき対象ではないかと思わされる。
昨年放送の朝ドラ『虎に翼』では、星航一(岡田将生)がかつて総力戦研究所に所属していた際、政府・統帥部関係者を説得できず、日米戦争の開戦を止められなかったことを悔いるシーンがあった。このシーンでは政府関係者の判断の愚かさが伝わった。
第52回では、航海中の夫・次郎(中島歩)からの手紙をのぶ(今田美桜)が目を通すシーンがあるが、その手紙には「
ここにいるとわかることがある。残念ながら君の言っていた通りにはならないと」と記されていた。「君の言っていた通り」とは、かつて航海に出る前に戦争に勝ち目がないことを次郎が口にした際に、のぶが言った「
この戦争が終わるがは日本が勝つ時です」を指している。
この言葉からも、勝ち筋のない戦争に踏み切った政府の失策が見え隠れする。とはいえ『あんぱん』では、今のところ政府の影すら見られず、政府を責める道筋は示されていない。
今はただ、日本で実際に起きた、恐ろしく、愚かで、目を背けたくなる行いを見続けるしかない。嵩が殴られる姿はもちろん、その現実と向き合うには視聴者にも相当の胆力が求められる。
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