――『けんちゃん』を読むと、「健常者」と「障がい者」、「ふつう」と「特別」の境界線はどこにあるのだろう、と考えさせられます。
椎木:何をもって「ふつう」や「健常者」と言っているのか、すごく謎ですよね。犯罪や戦争を起こしているのは圧倒的に健常者のほうが多いのに、障がいがあるというだけで「怖い」と決めつけられてしまう。障がいがない方が「幸せ」だと無意識に思われていることにも疑問を感じます。みんなそれぞれの幸せの形を見つけて生きているのにって。
こだま:私も周囲に比べてうまくできないことが多くて、かつては「ふつうのみんなと同じようになりたい」という強迫観念のような気持ちが強かったんです。でも、特別支援学校の寄宿舎で働いてみて、生徒たちがのびのびと楽しく生きている姿を見ていたら、「ふつう」って何だろう、「ふつう」なんてないんじゃないか、と悩むのがばからしくなりました。
椎木:一方で、ビジネスや教育の現場で「多様性」という言葉がよく使われることには、欺瞞も感じます。就労支援の現場では、ダウン症の子が採用されても人目につかないバックヤードでの作業にばかり回されて、お客さんと接点を持たせないようにすることも。もらえるお給料も、独り立ちさせる気がないと思うような極めて低い金額だったりして、親の支援があることが前提のスキーム(仕組み)になってしまっているなと思います。
こだま:それでは、本当の意味で社会に出る楽しさや仕事のやりがいにつながらないですよね。
誰かに頼りながらでも「自由」でいられることこそ「自立」
――『けんちゃん』では「自立」も一つのテーマになっています。お二人にとって「自立」とは何ですか?
こだま:かつて実家で暮らしていた頃は、「自分の力で稼いでいないから自立できていない」と落ち込んで萎縮して生きていた時期がありました。でも、けんちゃんをはじめとする寄宿舎の生徒たちと出会った経験を経て、働いていなくてもその中に楽しさを見つけて生きればよかったのだ、と今なら思えるようになりました。
椎木:私が自立しているかというと、夫や子どもをはじめとする家族に甘えたり支えてもらったりしながら生きているので、自立できているとはまったく思いません。いわゆる「健常者」であっても、必ず誰かから支援を受けたり依存したりして生きている。そう考えると、自立しているかどうかって、自分の人生が自由だと思えるかどうかのほうが大事なのではないかと思います。誰かに頼りながらでも、自由を感じて生きられているのなら、それはじゅうぶん「自立」しているんじゃないでしょうか。
こだま:「働いていない」「稼いでいない」ということだけで、自立していないと人を追い込んでしまうのはよくないですね。
椎木:その点、けんちゃんは自由にのびのびと生きているという意味では、立派に「自立」していると思う。障がいをテーマにした物語は、当事者や当事者家族の体験談などのノンフィクションが多いからこそ、こだまさんのように周囲の温かい目線から描かれたフィクションの存在はすごく新鮮でした。
こだま:私は当事者でも当事者家族でもないので、最初はこの本を出すことにためらいや不安もありました。でも、実際に本を読んでくださった当事者家族の方から「うちの子に重ねて読みました」「家族には見せない学校での顔が目に浮かんだ」と声を寄せていただくことも多くて、今は書いてよかったな、と思えるようになってきました。
椎木:当事者家族にとっても、温かいサポートを受けたような気がして純粋に嬉しかったです。こういう作品が増えてほしいと思いますね。

【椎木里佳】
1997年、東京都生まれ。中学3年生で株式会社AMFを創業。「JCJK調査隊」によるマーケティング調査や「JCJK流行語大賞」の発表など、Z世代マーケティングの先駆者として話題に。プライベートでは一児の母。こども家庭庁審議会委員を務めるなど、女性のキャリアと選択肢を広げる取り組みにも力を入れている。
【こだま】
作家。デビュー作となる私小説『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)が、Netflix・FODでドラマ化されるなど大きな反響を呼ぶ。また、エッセイ集『ここは、おしまいの地』(太田出版)は、第34回講談社エッセイ賞を受賞した。本作『けんちゃん』が著者初の創作小説となる。
<取材・文/福田フクスケ 撮影/杉原洋平>
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