Lifestyle

元アイドルの哲学ナビゲーターに聞く、生きづらいアラサーを救う言葉

 人生に悩んだり、迷っていたりするとき、哲学書を読むと救われる……とはよく聞きます。書店には、哲学書のベストセラーも並んでおり、それだけ身近な存在でもあります。でも、流行のものばかり追っても果たして自分は救われるのか。独身、恋人なしのライター(33歳)が抱く悩みを、哲学ナビゲーターで、『私の体を鞭打つ言葉』の著者である原田まりるさんに聞いていただきました。

哲学ナビゲーターの原田まりるさん

哲学ナビゲーターの原田まりるさん

――今回は、アラサー女子の“生きづらさ”を哲学書によって救ってもらえたらと思っています。例えば自分がまだ独身の場合、周りが結婚しだして、焦り出してしまうのもこの世代。でも焦ったところでうまく行かず、落ち込んでしまいます。

原田:それは他人の価値観に影響されているからですね。たとえば、他人の結婚報告をネットで見たとしたら、「うらやましい」と思う一方で「自分自身は今なにやっているんだろう」と落ち込んでしまうことって多いと思うんです。でも、そこにただ振り回されるだけじゃなくて、「自分は本当に結婚したいのか、同じ立場になったら幸せになれるんだろうか」と考えることが哲学するこということ。
 哲学は、まず自分軸をつくるために、社会で起こっていることを始めとし、さまざまなことを疑ってみるという学問です。

――確かに。自分軸で生きているようで、かなり社会という他人軸に振り回されていると思っています。

原田:本当に華々しい結婚をしたいと思っていたとしたら、早いうちからそこを目指しているはずなんです。そういう願望も持たず、気付いたら30代になって急に慌て出してしまう。「なんで私はこうなってるの」って。結局これって単に周りがつくった価値観で、自分自身で幸せがはっきりしていたら、そういったことに揺らがないと思うんです。
 20代から30代って、自分の価値観で生きようとしても、どうしても他人の価値観というところで生きてしまっていることが多くて、だから「自分の選択は正しいのだろうか」って誰もが悩んでしまいますよね。

――おっしゃるとおりだと思います。回りから結婚、出産の話を聞いたり、上司や親から「なんで結婚しないのか」と、突っ込まれるたびにダメージを受けてしまうんです。

原田:他人の価値観って、幸せってこういうものだっていうのを邪魔するんです。例えば、飲みに行くのが好きだったら、酒場に行くのって楽しい行動ですよね。でもその行動が一般的に「むなしい行動」だって言われれば、急にダメなような気分になってしまう。この他人軸なのか、自分軸なのかってすごくテーマになりますよね。

 哲学者のエマーソンも「人の価値観で生きることは目隠し遊びをしているようなもの」って言っています。自分自身で考えて生きるのは、自分を創るために必要なことなんです。他人に与えられた価値観で生きることは楽な反面、自分自身の本当の幸せと直結しない場合があります。

――なるほど。まずは自分の軸がなにかを、己に問いかけると、振り回されることがなくなるということですね。とはいえ、いきなり30歳になって主体性を持って生きるって、結構ハードルが高いような気もします。

原田:そうですね。たとえば、チヤホヤされたいとか、愛されたいってことに固執してきた人って、主体性がないですよね。愛されることに注目していて、愛することを重視していない。心理学者のエーリヒ・フロムの言葉で、「人を愛することは技術が必要であり、技術であるならば努力と知恵が必要」というのがあります。人を愛するという行為は、相手のためになるように自立する努力、鍛錬を積み重ねて、相手の孤独感を癒してあげる最大の術であると言っています。
 つまり、自分が愛されるために努力をしてきた人ってある意味では自己中心的であると。人から見放されないように相手に合わせてしまう。一見相手のことを考えているようですが、自分が優しさを与えることで、「嫌われたくない、攻撃されたくない」っていうエゴを満たしているだけなんです。

――でも、それがアラサーになって、途端にチヤホヤされなくなって悩んでしまいます。主体性のないまま年を重ねてしまう人は余計にそう感じてしまうでしょうね。

原田:自分自身の持っている商品の価値がなくなってきたから、その優しさのトレードが通用しなくなってきたってことですね。でも、そこで変わらないひとって、行為を嘆いて悲劇のヒロインになってしまうんです。「やさしくしているだけじゃダメなのかなぁ」って。そもそも、いつまでも「自分がいい子」だと思い込んでいると、エゴ的な視点から抜け出せないですよね。

ニーチェの言葉で、「これが人生か、さらばもう一度」ってのがあるんですけど、人生が良いものであったかどうかは、死ぬ直前にわかる。つまり死ぬ直前まで人生は精算できないんです。私たちは死ぬ直前にもう一度、繰り返したいと思える人生を送るよう、意識するほかないんです。「結婚できなければ終わり」っていうのは、死ぬ直前まで分からない人生を、早急に精算するような行為。

 人生において辛いことってこの先も絶対的に起こるもの。辛い時期をどう受け止めるかを自分で考えることで次のステージにいけます。苦悩は、自分の価値観を見定める絶好の機会ですから。チヤホヤされなくなって、どうしようと気付いたとき、「自分は一人だと寂しいのか? または、人からチヤホヤされるのが好きなのか?」など、自分が一体何を望んでいるのかを直視する絶好の機会です。その後で、で自分が変わっていくには、とてもエネルギーが必要ですけどね(笑)。

⇒【後編】「人生で起きているすべてを疑ってみる」につづく http://joshi-spa.jp/236789

【原田まりる】
85年生まれ。京都市出身。作家・哲学書ナビゲーター。高校時代より哲学書からさまざまな学びを得てきた。著書は、『私の体を鞭打つ言葉』(サンマーク出版)。元レースクイーン。男装ユニット「風男塾」の元メンバー。哲学、漫画、性格類型論(エニアグラム)についての執筆・講演を行う。ホームページ(https://haradamariru.amebaownd.com/

<TEXT/女子SPA!編集部>
⇒この著者は他にこのような記事を書いています【過去記事の一覧】

私の体を鞭打つ言葉

突如、現れた哲学アイドル!「原田まりるの哲学カフェ」を主催する著者が放つ、抱腹絶倒の超自伝的「哲学の教え」。




あなたにおすすめ