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よくある旅グルメ番組に飽きたら…この番組ならオトナも大満足

 ちょっと時間が空いたときに、ついつい観てしまう旅番組。観光名所に風光明媚な絶景。そしてショッピングにグルメと、計画を立てるもよし、実行しなくとも妄想にふけるもよし。  しかしいまひとつ物足りないのは、それが“政府観光局オススメ”といったスポットばかりなこと。もちろん美しく整理された快適さも捨てがたいものですが……。

異色のシェフ、アンソニーを知ってる?

 そんなフツウの旅番組では飽き足らなくなってしまったという人は、現在、CS放送「アニマルプラネット」で不定期放送中の『アンソニー世界を喰らう』『アンソニー世界を駆ける』シリーズを観れば好奇心が満たされること間違いなし。 ⇒【YouTube】‘Parts Unknown’:Budapest Sneak peek(CNN) http://youtu.be/s6soHVkWVYQ http://youtu.be/s6soHVkWVYQ  長年ニューヨークでシェフを務めてきたアンソニー・ボーデインが世界各国の名店から通りの屋台料理まで、文字通り喰い尽くす。のみならず、訪れた土地の影の部分、陰惨な歴史にも触れ、料理と民族と文化が切り離せないものであることを映し出す。いわば、観光と旅の違いを教えてくれる番組なのです。

野生のリスの首を落として喰らう

 たとえばミズーリ州のオザーク地方を訪れれば、クッキングの前に野生のリスを猟銃で撃ち、首を落とす場面もしっかり収められている。現地ではいまだにそのようなスタイルで暮らしているのですね。人間が何ものかの死によって命をつないでいることが、説教臭くならずダイレクトに伝わってきます。  ヨハネスブルグの市街地では、よそ者のアンソニーに対してあからさまな敵意が容赦なく注がれ、襲われるのではとハラハラ。ニューメキシコではドラッグカルチャーについても包み隠さず(もちろん、放送できる範囲で)映し出され、エジンバラでは一体何の肉か分からないサンドイッチを頬張る。  そうして番組を観ていると、次第に興味が旅からアンソニー本人へと移っていくことに気付きます。道中何が起きようとも慌てふためくことがない。かといって無表情なわけでもありません。  けれども、楽しみの中にも冷めた倦怠がある一方、うんざりするようなアクシデントにも状況の飲み込みは極めておだやか。その姿は、まさに「激情の奴隷とならぬ男」(『ハムレット』 訳・福田恆存)。

シェフの内幕を書いたベストセラー

 アンソニー・ボーデインとは、一体どんな人物なのでしょうか。  そのヒントを与えてくれそうなのが、彼が広く世に知られるきっかけとなった『キッチン・コンフィデンシャル』(訳・野中邦子 土曜社)という本。2001年に新潮社から刊行された同名タイトルが、この3月に新装版として再発行されました。 キッチンコンフィデンシャル 幼いころ、両親に連れられたフランスで出会った生牡蠣の衝撃に「コックとして、シェフとしての人生がすでに始まっていた」と語り、大学中退を経て、米国料理学院で本格的に学んだのちに本格的に料理人としての道を歩むわけですが、そこは生傷と火傷の絶えない戦場でした。  キッチンでは常に罵声が飛び交い、働いているのは<人生につまづき、どこかで挫折した人間。高校を中退した人、なにかから逃げ出してきた人―――別れた妻や世間体の悪い家族をあとに残し、法をめぐるごたごたや、浮かび上がるチャンスのない第三世界の惨めな状況から逃げてきたのかもしれない>(料理をするのは誰だ? より)連中ばかり。  本書は、そんな環境でヘロインやコカインにハマりながらも生き残りシェフにまで上り詰めたアンソニーの「成長物語」(訳者あとがきより)としても大変に読み応えのある一冊です。それと同時に、ほんの数行から著者の“ヌエ”的な資質が垣間見える点でも興味深い。  たとえば、料理学院で最も厳しかったベルナール・シェフとのエピソード。 <権威ある人物が声を荒らげ、居丈高になるにつれて、私はぼうっと夢見がちになり、リラックスしてくる。(中略)シェフはたぶん私の冷めきった目つきのなかに、しぶとさを感じたのだろう。>(CIAの内側 より)  学校で鞭打ちの罰を受けながらも「誇らしい勝利感さえ味わっていた」チャップリンに通じるシーンです。この落ち着き払った態度に加えて、<ベジタリアンによれば人の体は寺院だそうだが、とんでもない。私にいわせれば、遊園地だ。>(キッチンからテーブルへ より)との腹の括り方が、観光ではなく旅番組を成り立たせているのだと改めて認識しました。 ⇒【YouTube】‘Parts Unknown’:Hawaii Sneak peek(CNN) http://youtu.be/3PBeN38zKUM http://youtu.be/3PBeN38zKUM  と、アンソニーの人柄にクローズアップしてしまいましたが、プロの料理人からのありがたい金言もたくさんあって楽しめます。 <理屈はわからないが……動物性蛋白質と脂肪とビタミンCという三大栄養素をもつ新鮮な食材―――魚、バター、レモン―――を手づかみで食べると、プロテインが一気に脳に流れ込む。最高だ!>(料理は苦痛である より)とか、 <正しい鍋とは、頭の上に思いっきり叩きつけて相手に重傷を負わせることができるものだ。>(プロのコックはいかにして料理をするか より)とか。  そして極めつけは、このフレーズ。 <時空間における人間の動きなど、ブロスで茹でた肉の塊、サフランやガーリックや魚の骨やペルノーの香りにくらべたら、ささいなことに思える。> (キッチンはクローズしました より)  安易なヒューマニズムをシャットアウトしたところに、豊かな慰みがあることを教えてくれる素晴らしい一文です。 <TEXT/比嘉静六>
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キッチン・コンフィデンシャル

CIA(米国料理学院)出身の異色シェフ(なにしろ2冊の傑作犯罪小説の著者でもあるのだ)がレストラン業界内部のインテリジェンスをあばく。

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