東村アキコ『ヒモザイル』休載に見る“炎上気にしすぎ”時代
漫画誌『月刊モーニング・ツー』2015年10月号で始まった東村アキコの新連載『ヒモザイル』が、第2回をもって休載となりました。
「金ない仕事ないモテないダサい、でも夢はある」男性たちを教育し、高給取りの女性たちと結婚させよう……という実録漫画でした。ところが、ネットで無料公開されたあたりから批判が噴出して炎上状態に。
作者から休載の申し出があり、「嫌な気持ちになった方には本当に申し訳ない」とツイッターで謝罪する事態になったのです。
「作品では、2つのエピソードが語られています。ひとつは、セレブママ友が東村さんの男子アシスタントたちを見て『あの子達、いくつ? 見込みあるの?』と疑問を投げかけたこと。もうひとつは、アラサー女子会での『家事・育児ができる夫なら結婚してもいい』という女性たちの会話です」(和久井氏)
この2つのエピソードから、東村さんは「稼げない男性たちを、アラサー女子と結婚させてヒモにすればいいんじゃないか」と思いつくわけです。
「ママ友は、アシスタント男性たちについて『どうしよう、うちの子があんな風になったら』と言います。その言葉に東村さんは『彼女のほうが圧倒的に普通だ』と同調するのです。
一方で、アラサー女子会の会話に東村さんは『いつも同じ話題で、正直もううんざりだ』と書いています。
つまり、セレブなママの言うことは正しくて、アラサー独女の言うことはウンザリなのか、というわけです。東村さんは人気作家でお金もあるし、結婚して子どももいるわけで、読む人からすると『勝ち組が人を見下している』と感じるのでしょう」(同)
たしかに、ネット上では「独身女性を見下している」「主夫をヒモ呼ばわりって…」など、“上から目線”を批判する書き込みが多く見られました。
「私も正直、アラサーの女子会について『同じ話でうんざり』という言葉にはちょっとイラッとしました。だったら、なぜ女子会に参加するのかと。
そしてママ友の『うちの子があんな風になったらどうしよう』という言葉は、イヤミにも受け取れます。
たしかに世の親は子どもには過大な期待をかけるものです。石川遼が活躍すればゴルフが、錦織圭が活躍すればテニスが大ブームになるように、子どもには自分以上になって欲しい。その親の感覚を『普通だ』と書くのはわかります。
ただ、漫画では圧倒的に言葉が足りないために、見下しているように読めてしまう」(同)
また、東村さんがアシスタントをマンガ家にするのではなく、望んでいるかもわからない「ヒモザイル」にさせようとしていることに、「余計なお世話」との書き込みが相次ぎました。これについても、和久井さんは一定の理解を示します。
「アシスタントたちは『バクマン。』の主人公のように猛烈に努力をしているようには見えません。お菓子を食べてテレビを見ている彼らを見たら『お前ら本気でマンガ家になる気があるのか』と思いますよね。
『自分がやりたいこと』と『出来ること』が同じなら幸せですが、誰しもそうだとは限らない。不得手なものに執着するよりも、別の居場所を見つける方が幸せなことが多いと感じます。東村さんは、彼らがやりたいことを尊重した上で、食べていく道を作ろうと考えたのではないでしょうか。
少女マンガには『薔薇のために』や『高校デビュー』など、男性に教育されて女性が磨かれていくという話は、ごまんとあります。それを男女逆転させて、『女に好かれる男になれ』とやった『ヒモザイル』は、男性のプライドを傷つけたのかも」(同)
アシスタントへの言動が「パワハラだ」という批判については?
「実録と言ってもしょせんは漫画です。作品の主張を際立たせたり、簡潔にするための脚色はしているでしょう。実際に作品でモデルとなった男性が『あんな風に言われて傷ついた』というなら大問題です。でも激しく糾弾しているネット民に、どれだけ当事者がいるのでしょうか」(同)
今回の炎上について、「ネットが東村叩きのモードになっている気がする」と和久井さんは言います。たしかに、東村さんは五輪エンブレム問題のときも「マンガ家に作らせればいい」とツイートして炎上していました(その後すぐに謝罪し、ツイートを削除)。
「ぶっちゃけ、『東村さんはちょっと調子に乗ってるのかな』と感じることもあります。どかーんと成功したら、誰だって天狗になるじゃないですか。私も有名になったら間違いなく勘違いする自信があります(笑)。
でも東村さんや『ヒモザイル』が嫌いなら、それを読まなければいいだけのこと。もちろん批判するのは自由ですが、SNSを他人に同意を求めるためのツールにしている人も多いと感じます。ネットの意見は『国民の総意』ではないんです」(同)
今回の「ヒモザイル」も、ネットで無料公開せずに雑誌連載だけなら、ここまで炎上しなかったでしょう。休載が決まってからは、ツイッター上で「しょうもないことで休載するんだな」「私も批判的なことを書いたけど、気に入らないなら読むな! ぐらいの気概が欲しかった」など惜しむ声も多数。
こんなに揺れ動く“ネット上の声”を気にしてたら、創作なんてできないのではないでしょうか。
<TEXT/女子SPA!編集部>
【和久井香菜子(わくい・かなこ)】
ライター・イラストレーター、少女漫画コンシェルジュ。『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。ネットゲーム『養殖中華屋さん』の企画をはじめ、語学テキストやテニス雑誌、ビジネス本まで幅広いジャンルで書き散らす。街で見かけたおかしな英文から英語を学ぶ「Henglish」主宰。
いったい何が問題だったのでしょうか? 少女漫画コンシェルジュの和久井香菜子さんに聞いてみました。
読んでてイラッとする面は確かにある
漫画には脚色も誇張もあって当たり前
ネットは“東村叩きたい”モード?
和久井香菜子
ライター・編集、少女マンガ研究家。『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。英語テキストやテニス雑誌、ビジネス本まで幅広いジャンルで書き散らす。視覚障害者によるテープ起こし事業「合同会社ブラインドライターズ」代表