ガワンデの娘ハンターにピアノを教えていたペグ・パシェルダーのエピソードは、胸を打ちます。
肉腫の治療で受けた放射線療法によってできた悪性腫瘍が見つかった際に悟った死。回復や治療を試す段階は過ぎ、彼女の望みは、たった一日だけでもいいから良き日を過ごすこと。ホスピスに入ったペグ。ガワンデは、「もうペグには会えない」とハンターに伝えなければなりませんでした。
しかし、彼女にある変化が起こります。回復ではなく、痛みをコントロールする手当てによって、普段の生活に集中できる環境が生まれたのです。驚くことに、もう会うことすらままならないと思われていたペグとハンターのピアノレッスンが再開したのです。

その後、ペグは亡くなりました。けれども、自らの意志で「死にゆく者の役割」を果たせたのだと納得できる生だったのではないでしょうか。夫のマーティンは語ります。「親友に別れを告げること、生徒たちに最後のアドバイスをすることが妻にとっては大事だったんです」。
生前、お別れの演奏会を開いたペグ。客席にいたハンターを呼び、形見の音楽書を手渡すと、「あなたは特別よ」と伝えたといいます。
無理に生を引き延ばすのでもなく、安易に死による解放を求めるのでもない選択は、大変に厳しいものだとガワンデは語ります。しかし、そこでなければ交わせない会話や言葉がある。
死にゆく者の尊厳について考えさせられる話でした。
だからガワンデは、<
死を無意味なものにしない唯一の方法は、自分自身を家族や近隣、社会など、なにか大きなものの一部だとみなすことだ。>と考えるのです。“今際の際”までそれを確認できる状態を保つことが、医師の役目だというのです。
チョコレートアイスが好きだった彼のお父さんは、その後亡くなりました。葬儀の際、ヒンズー教のならわしにしたがい、ガンジス川の水を口に含んだといいます。医師としては間違いなく避けたい行為だったはずです。それでも、ガワンデはガンジスの水を飲みました。
彼にとって、死は理屈を超えて、“大きなものの一部”として納得すべき出来事だと考えていたからなのでしょう。

ガンジス川
<TEXT/比嘉清六>