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「飛び出す女性器ですって」。週刊誌の袋とじを前にした70歳の淑女【こだま連載】

こだまの「誰も知らない思い出」 その4】 誰も知らない思い出――――――――――――――――――  自身の“愛と堕落の半生”を、ユーモアを交えて綴った『夫のちんぽが入らない』(1月18日発売)が早くも話題の主婦こだま。  彼女は閉鎖的な集落に生まれ、昔から人付き合いが苦手で友人もいない。赤面症がひどく、人とうまく話せなかったこだまはその日の出来事をノートに書いて満足するようになった。今はその延長でブログを続けている。  家族、同級生、教員時代の教え子、相部屋の患者。当連載は、こだまが、うまくいかないことだらけの中で出会った、誰も知らない人たちについての記録である。 ――――――――――――――――――

トミコは夜ひらく

 テレビで私と同じ病気の女性が「一番つらいのは我が子と手を繋げないことだ」と話していた。何となくわかる。私の場合は我が子ではなく、生徒になるけれど。  手を握られると骨がグシャッと潰れるような痛みが走る。彼らは手を無邪気にぶんぶん振ったり、「あっちに行こうよ」と引っ張ったりする。その晩には決まって指や手首が腫れて熱を持ち、全身がぐったりしてしまう。  何の悪気もない、愛情のこもった行為を拒絶するのはとても心苦しい。私は長年の経験と勘に基づき、繋いできた子の手を自然に上の方にシフトさせていき、いつの間にか腕を組んでいる、という熟練ホストのような手口を習得した。これなら誰も傷付かない。ホストも私も生き抜くために必死だ。  日常生活の痛みを和らげるために年に何度か入院している。もう10年以上そんな生活を続けている。悲観でも達観でもなく、そういうことだから、という淡々とした感情がある。  この夏も入院した。部屋の仲間は糖尿病のワカさん、心臓病のミチコさん、胃のポリープを取りに来たトミコさん。いずれも70代だ。  ワカさんはその昔、痔の手術をした医者に「下手くそ!」と罵り、取っ組み合いの大喧嘩に発展したという。尻の縫い目が粗かったらしい。尻を雑に縫われた上に、医者から往復ビンタをされた女。それがワカさんだ。  心臓を患うミチコさんの胸には注射針が刺さっていた。会う人会う人にさんざん披露してきたのだろう。もがきながら両手をパタパタさせる「矢ガモ」という極めて完成度の高い一発芸を見せてくれた。命を掛けた芸はなんて美しいのだろう。私は遠慮なく笑った。  最後のひとり、トミコさんはとても物静かだ。一日じゅう繋がっている点滴のことを「かたい絆」と呼んでいた。長渕みたいだ。トミコさんの元には孫が代わる代わるお見舞いに来ていた。羨ましがる私たちに彼女は「病院に来たら1000円あげるって約束したのよ」と言い、ティッシュにお札を包んで孫に渡していた。実にビジネスライクだ。
かたい絆

「かたい絆」と繋がっているトミコさん/イラスト:こだま

 ある夜、トミコさんが「飛び出す女性器ですって」と言いながら、部屋の面々に週刊誌の袋とじを見せびらかした。老婆と中年閉経もどきを前にして、放課後の部室みたいな空気にするトミコ。一番慎ましやかな淑女だと信じていたトミコさんの、まさかの尻軽女っぷりに私は大いに焦った。私の目は節穴だった。
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トミコは夜ひらく
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