――スラムのストリートに出生証明書や結婚証明書の屋台が映っていましたが、証明書の屋台は本当に存在するのですか?
長谷井:偽造の証明書を売っている屋台は本当にあるんですよ。それに、フィリピンはカトリックの国だから、離婚禁止が原則。深くは知らないんですが、離婚は基本的にできない。敬虔深いのに偽造証明書が横行している、多様な顔をもつおもしろい国ですよね。

『ブランカとギター弾き』より
――作中、警察官がピーターからお金を取り立てるシーンがありましたが。
長谷井:ああいったことも普通にあります。あるとき、僕が歩いているとパトカーが止まって「パスポートを出せ」って言うんです。僕はどうみても外国人だから、「あぁ、外人だからお金を取り立てるターゲットにされたな」と思ったんで「いまは持っていない。家にある」と答えたら、「じゃあ家まで取りにいく」って言うんですよ。
僕は当時イタリア大使にお世話になっていたので、「じゃあ、いまからイタリア大使に電話するから、お前ら全員クビになるぞ」と返したんです。すると、「いや、それは勘弁して、ごめんごめん。じゃあ、家まで送るよ」って。

自分でもおもしろい経験してるなぁ~とパトカーの座り心地に酔いしれていたら、家についた途端「じゃ、ガソリン代ちょうだい」って(笑)。そんなの無理だと答えたら、今度は「じゃ、明日の朝ごはん代ちょうだい」ってね。いやぁ、本当におもしろい国ですよ、フィリピンって。人は明るいし、映画に対する自由度が高くて警察も映画撮影に協力してくれますしね。

『ブランカとギター弾き』より
――本作はヴェネツィア国際映画祭で見い出され、逆輸入のようなかたちで日本で公開されるわけですが、海外と日本で、映像作家を見る目になにか違いを感じたことはありますか?
長谷井:初めての長編監督作品、路上の人たちのキャスティング、フィリピンでの滞在、外国人ばかりの撮影クルー……この作品のすべてが大変な企画でした。そもそもビジネスにのらないこの企画を「おもしろい。いいじゃん、やろうよ」と思ってくれたのが、ヴェネツィア・ビエンナーレのシネマカレッジ。「ビジネスで映画をやる人はそういう人たちに任せておいて、俺たちはシネマをアートとして作っていこう」というのがヴェネツィアの発想なんです。
シネマに対するプライドや、若手を応援するという想いが熱いんですよね。素晴らしいスタートを切ることができたと感謝しています。
――最後に、海外で活躍したいと思っている女子SPA!に読者にメッセージをお願いします。
長谷井:(目の前に来た)波にのっていこ!

<TEXT/此花さくや PHOTO/山田耕司>
⇒この著者は他にこのような記事を書いています【過去記事の一覧】此花わか
ジェンダー・社会・文化を取材し、英語と日本語で発信するジャーナリスト。ヒュー・ジャックマンや山崎直子氏など、ハリウッドスターから宇宙飛行士まで様々な方面で活躍する人々のインタビューを手掛ける。X(旧twitter):
@sakuya_kono