<深夜2時。ユリカはマンションのベランダにいた>
見下ろしたビル群は何時になっても暗闇に染まらない。チカチカと輝く色とりどりの光たちに胸が高鳴ったのは、もう遠い昔のように感じた。
「親じゃないよ、か」
数時間前、咄嗟に言ってしまった言葉をなぞる。後悔をしているとかではない。でも、アイの反応が頭から離れようとしなかった。
彼女の、心から驚いた声色。あんなに驚くことなのかと思う半面、やっぱりあの子は幼いな、と笑ってしまう。
(港区も、ハイスペックと言われる男性たちも、ホテルのラウンジも、全部何も意味なんてない)

「ユリカ、こんな時間にベランダにいるなんて、どうしたの」
後ろから声がした。振り向いた先にいたのは、スーツ姿の似合う長身に、整った顔立ちの男。少し皺が目立つ。
「おかえりなさい」
そう、ここの家主である彼だ。
「風邪ひいちゃうよ、中に入りなさい」
ゆっくりと私の手を引く。彼の体温が身を包んだ。年相応じゃない甘ったるい香水と、年を重ねた男性特有の匂いが不協和音を生み出す。首や耳へのキスが止まない。この行為に感情を昂らせ、心を躍らせたのはいつまでだっただろう。もう感情は微動だにしなかった。
「こんなつまらない景色観てて楽しい?」
耳元で囁きながら彼の手がパジャマの下を這い始める。
「綺麗じゃない」
「ただのオフィスビルばかりだよ」
彼の呼吸は荒い。ベッドに向かう余裕すらないらしく、いつのまにか閉められた窓に手を付けるよう囁かれた。カチャカチャと後ろから音が聞こえる。
「つまらない景色だけど、こんな風にするのは燃えちゃうな」
チカチカと輝くビルたちは、私のことをどう思っているのだろう。窓にうっすらと映る私の顔は“無”そのものだから、憐れんでいるかもしれない。それなら好きなだけ憐れんで欲しいし、可哀想だと笑ってくれたほうがずっといい。
(きらきらひかる)(お空の星よ)
「ユリカ、可愛いよ」「可愛い」
(まばたきしてはみんなを見てる)
どれだけ高いところに昇っても東京で星なんて見えないし、
(きらきらひかる)(お空の星よ)
(みんなの歌が届くといいな)
私の声なんてどこにも届かない。
<文/マドカ・ジャスミン>
【マドカ・ジャスミン】
あまたのメンズと飲み交わした経験から合コンコンサルタントに。ウェブメディア「
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MTRL」などでライターとしても活動。
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