名女優と不倫関係!? 20世紀最大の彫刻家ジャコメッティの素顔
こんにちは、映画ライターの此花さくやです。
20世紀で最高の彫刻家のひとりと評されるアルベルト・ジャコメッティは、1920年代から60年代半ばまでパリで活躍しました。2017年6月に東京の国立新美術館で行われたジャコメッティの大回顧展も大盛況だったとか。
ジャコメッティ 最後の肖像』。
今回は本作の見所とともに、彼の知られざる素顔に迫ってみたいと思います。
1964年9月12日、ジャコメッティ(ジェフリー・ラッシュ)は知人のアメリカ人美術評論家であるジェイムズ・ロード(アーミー・ハマー)の肖像画に取り掛かります。カンバスに簡単なスケッチを描くだけ、それもほんの1時間か2時間程度で終わるはずだったのに、1日が数日に、数日が1週間になり……とうとう18日間も延長されたジャコメッティとロードのセッション。
「肖像画とは完成しないものだ」とセッション1日目から不吉に断言するジャコメッティ。それでは、なぜ肖像画を描いたのでしょうか? それは、“見たままを描きたい”から。本作で頻繁に出てくるジャコメッティの言葉ですが、人物を写真のようにそっくりに描くという意味でも、人物の内面を絵で写し出す意味でもなく、ジャコメッティのもつ視覚的“感覚”を絵で表現しようとする挑戦なのです。
例えば、私たち日本人の目に映るロードと、ジャコメッティのような欧米人の目に映るロードは違うかれもしれない。ロードは欧米人を見慣れていない日本人にとっては体がより大きく、鼻がより高く見えるかもしれませんよね? このように、私たちの視覚にも見る側の主観的感覚が影響します。そういった感覚を含めた視覚を平面状のカンバスに残そうとしたのがジャコメッティの試みだったのです。
作中、完成に近づいたと思えばすべてを消す……描いては消し、描いては消しを繰り返すジャコメッティ。それは、“毎日ゼロから始めなければ本当の創造や前進が生まれない”と信じているようにも受け取れます。
ジャコメッティにモデルとして観察されながらも、逆にジャコメッティを冷静に観察していたロード。映画内でロードは、日本人男性の矢内原とジャコメッティの妻アネット(シルヴィー・テステュー)が抱き合い、それを黙認するジャコメッティの姿を目にします。
この日本人男性は、矢内原伊作という大学教授で哲学者。実存主義を広めたことで有名なジャン=ポール・サルトルがジャコメッティに矢内原を紹介しました。1955年から1969年まで、夏のたびにジャコメッティを訪れた矢内原は、ジャコメッティのモデルを務め、多くの彫刻や油彩作品が生まれました。
妻のアネットや弟のディエゴを除いては、この矢内原がジャコメッティの一番重要なモデルだと言われています。神奈川県近代美術館の主任学芸員ある李美那氏がジャパン・タイムス紙のweb版に語ったところによると、矢内原はほかのモデルと違い10時間もぶっつづけでモデルを続けられる上に、実存主義や知的なテーマについてジャコメッティと会話ができたのだとか。作中のロードとジャコメッティの間に見られる不思議な“一体感”が矢内原とジャコメッティの間にも起きていたのかもしれません。
ロードの手記『ジャコメッティの肖像』(みすず書房)によると、「彼(矢内原)はまさにぼくのようだった」とジャコメッティがロードに話しています。だからこそ、矢内原とアネットの恋愛関係をジャコメッティは黙認していたのかもしれませんね。
ジャコメッティについてよく知らない人も、針金のように非常に細く長く引き伸ばされた人物の彫刻を見たことはあるのではないでしょうか。彼の芸術的功績は高く、スイスのお札の顔になっているほどです。
そんな天才・ジャコメッティでも、ひとつの作品を生み出すまでに大変な苦悩がありました。1964年にジャコメッティの肖像画のモデルとなった美術評論家のジェイムズ・ロードは、その時の体験をのちに『ジャコメッティの肖像』という一冊にまとめています。それを映画化したのが、2018年1月5日(金)より公開される『見たままを描きたい
日本人男性と妻との不思議な三角関係!?
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