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「化粧したらキレイなのに」はホメ言葉じゃない。今も昔話でも

日本のヤバい女の子 ケース3:虫愛づる姫君】 「すっぴんで会社にいくのは社会人失格」というのは本当か。昔話の女たちの本心を蘇らせて「成仏」させる昔話女子エッセイ『日本のヤバい女の子』(はらだ有彩著/柏書房)にも登場する女性、「虫愛づる姫君」(堤中納言物語)もそんな悩みを抱えていた。 『日本のヤバい女の子』 昔話の女性の登場人物は今以上に男性中心の世の中に翻弄され、時に悲惨な末路を辿る。かえりみられなかった彼女たちの素顔はどんな風だったのか、もしも現代に生まれていたら、どんな未来が待っていたのか――。 ※以下、『日本のヤバい女の子』より一部を抜粋し、著者の許可のもと再構成したもの。

「虫愛づる姫君」のあらすじ

 蝶を愛する姫君の屋敷のとなりに、按察使(あぜち:地方の行政を監督する要職)の大納言の娘が住んでいた。 「人々は花や蝶を愛するけど、わたくしにはそれがとても儚(はかな)く頼りなく思える」  大納言の姫君はそう言って、毒々しい虫を好んで飼育していた。特に毛虫がお気に入りだ。姫君は姿かたちを取りつくろうことを嫌い、絶対に眉を整えず、お歯黒をつけなかった。両親はそんな娘に戸惑っていた。 『日本のヤバい女の子』より しかし、「誰に何を言われても全然大丈夫。それより、物ごとの本質を辿って変化を観察し、真理に至ることの方が重要だと想う。毛虫が蝶になるように、全ては移り変わる」と、てんで効果がない。  一方で妙に保守的な面もあり「女と鬼は人前にでない方が良い」と言って両親にも姿を見せず、いつもすだれ越しに話す。両親は姫君の意見を尊重したが、女房たちは不満を募らせ、 「毛虫、毛虫で気が狂いそうなんだけど。てか姫の眉毛もほぼ毛虫じゃね」 「冬も毛虫の毛皮で過ごしたら暖かいんじゃねwww」 「それなwww」  と陰口で盛り上がっていた。  いつしか近所の人々はゲテモノ好きの姫について噂するようになっていた。右馬佐(うまのすけ)というとある家の御曹司も姫君の評判を聞きつけ、姫をビビらせてやろうと企み、「あなたを想う心は蛇のように長く限りがない」と書いた手紙と一緒にカラクリの蛇を贈った。  何も知らない姫君が手紙を開けると蛇が飛び出し屋敷は大騒ぎに。歌を贈られたら返歌しなくてはならないので、姫君は汚い紙に「ご縁があれば極楽で会いましょう。虫(蛇)の姿では一緒にいられないから」と返した。  返歌を受けとった右馬佐はがぜん興味を持ち、目立たないよう屋敷を訪れた。そして姫君の姿を見た。 (想像してたよりかわいいじゃん。かなり変だけど、エキセントリックで良いかも。化粧したら化けそうなのにもったいないな。虫好きでさえなければなぁ。惜しいなぁ)  右馬佐はまた手紙を書いた。 「毛虫の毛深い姿を目にしたときから、手にとって大切に愛で守りたいと想っています」  手紙を読んだ女房は姫君の恥ずかしい姿を人に見られてしまったと嘆く。右馬佐がずっと返事を待っているので、見かねた女房が変化を代筆した。 「世間一般の人と異なる私の心は、あなたの名前を聞いてから明かそうと想います」  この歌を見た右馬佐は「毛虫のようなあなたの眉毛の毛先ほども、あなたに適う人はいないでしょう」と笑い、帰っていった。 ――このお話の続きはきっと、第二巻にあるでしょう。

ただ好きなことをしたかっただけなのに…

 有名な物語だから、きっと色んな考察があって面白いだろうなと思って資料を読み比べ、私は落ち込んだ。 ・物ごとの移り変わりを重視すると言いながら、幼虫である毛虫ばかりに注目し、蝶を軽視している。自分が成長したくないという気持ちの表れ。 ・風習に反抗しながら「女と鬼は人前に出ない方が良い」と姿を隠している。  などなど、姫君の矛盾点や異常を取り上げるものがとても多かったからである。  ほかにも、「こんな異常な振る舞いをしたからには確固たる考えがあるはずなのに行動が一貫していない」ともあったが、考察とか批判抜きで、なんというか、わーん! と思ってしまった。
『日本のヤバい女の子』より

『日本のヤバい女の子』より

「虫愛づる姫君」は、別に普通の女子ではないか? 確かに姫君の言動には不可解なところがあるが、完璧な理由がなければ好きな服装と好きな勉強をしてはいけないのか。「変わったことをやりたければ最初から完璧な理論を用意しなければならない」のであれば誰も何もできない。きっと姫君は十数年間暮らした経験によって、何をすればどんなことが起き、どんな扱いを受けるのかを少し知ってしまったのだろう。  騒ぎになったら虫を観察できない。それに両親の気持ちもわかる。ただ虫を愛し、物ごとの成り立ちを知りたいだけなのだ。それならせめて親のために姿を隠してあげよう。ややこしいことになる前に退散しよう。「鬼のようにイレギュラーな女」は人前に出ない方がいい。そう考えていたのかもしれない。
『日本のヤバい女の子』より

『日本のヤバい女の子』より

 とはいえ、虫愛づる姫君がほんとうに鬼のようにイレギュラーだったかというと、私は案外そうでなかったのではいかと思う。別に騒ぎたてるほど異質ではなかった。オフラインで関わったせいぜい数十~数百の人たちが勝手にカテゴライズしたのだ
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勝手な価値観で縛る男は願い下げ
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