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28歳で発達障害だと気づいた絵本作家の苦悩「あだ名はロボットでした」

 昨今、注目され続けている発達障害というキーワード。自分自身の可能性も気にする方が増えています。そんななか、発達障害であることを積極的に発信し、フリーランスのグラフィックデザイナー、絵本作家として活動する西出弥加さんに話を聞きました。
西出弥加さん

西出弥加さん

会社を3社クビになり、2社は自分から辞めた

――ご自身が発達障害と知るに至った経緯を教えてください。 西出弥加さん(以下、西出):私は幼少期から「おかしな子」って言われていることが多かったのですが、はっきりと発達障害だと分かったのは28歳の頃です(現在30歳)。その自覚がはっきりしたのは、これまでに会社を5回辞めていることです。うち3社が、「君がいるのでは、人間関係がぐちゃぐちゃになるから」という理由でクビになってしまいました。あとの2社は、人がオフィスに何人もいて、全員の話が聞こえてしまうしラジオ番組の会話にも聞き耳立ててしまって、作業がはかどらず、自分から申し出て退社させてもらいました。  まずは私自身、会社という場にいることがとても苦痛でした。一番の問題はコミュニケーションです。私は人との距離の取り方がわからないくて、距離感がゼロか100になってしまいます。少しでも信頼おける人だとかなり距離を縮めてしまうので、異性には勘違いをさせてしまうことが多かったです。 ――100の距離の人だとかなりよそよそしくなりそうですね。 西出:必要性がない限り関われないので冷たい人だと思われますね。しかも自分では全くそんなつもりがなく無自覚なので、複数の異性から嫉妬されてしまったり、女性社員からは「コビを売っている」と言われたり、職場内の空気が悪化してしまいました。同じようなことが複数の会社で起こって追い出されてしまったので、私自身に大きな原因があるんだろうと思い、診療科や精神科などに行ってわかりました。

365日24時間、演技している感じ

――西出さんの淡々とした話し方、表情は人に合わせて臨機応変に変えないイメージがあります。職場での人間関係がうまくいかないということは、顔の表情やその話し方なども関係していたというのはあるのでしょうか? 西出:私は昔から背も高く、顔立ち的に大人びて見えて、外見だけ見て「デキる子」だと勘違いされてしまい、できなかったときは減点法で見られてしまい、よく責められました。しかも無表情だったので、苦しいときも、悲しいときも、冷静なように見られました。  みんな表面で私を判断していたことが苦しかったです。子ども時代は言葉で上手く説明できないし、辛かった。本当は1日だけでも良いから、全身で甘えてみたかった。わがままを言ってみたかった。  あと、昔も今もですが、私は人の顔色をうかがって行動したり、取り繕ったりすることができません。だから人に何かを伝える時は、事前に何度も文章で書いたり、映画や周りの人たちの行動をコピーしながら演技して社会生活を送ってきました。ただ、それは本当の自分じゃない。取り繕うために笑っていると「なんで私、心が笑ってないのに笑っているんだろう」という風に無意識に思ってしまい、心と体のギャップが大分ありました。  365日24時間、休みなく取り繕って、いつも舞台で演技している感じでした。ただ、日常があって舞台があって、両方あるからこそ、舞台での演技は楽しいのだと思う。四六時中演技していると緊張と興奮で体がガタガタでした。自分が生きていない感じです。とにかく社会生活においては疲弊することばかりで、20代の頃はよく寝たきりになりました。
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朝6時に寝て昼12時に起きる生活
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