もちろん、日本の音楽が海外からの影響を受けるのは仕方ありません。ですが、95年以降の誤ったハイトーン至上主義は、歌手ばかりか、楽曲そのものを破壊してしまった点に、大きな問題がありそうです。メロディの最高点を印象づけることが最優先になり、楽曲全体のバランスが崩れてしまったのですね。
たとえば、安室奈美恵なら「You’re my sunshine」は、ひどかった。<汗ばむ肌を 見せつけ>の節回しなどは悪夢です。「CAN YOU CELEBRATE?」の<風に吹かれて>の部分にも、いまだに強い違和感を覚えます。
西野カナの「会いたくて 会いたくて」も、なかなか。<会いたくて 震える>の歌詞ばかりが茶化されますが、本当にまずいのは音楽と言葉のアクセントがひとつも合っていない点です。
このように、意味もなく高音をフィーチャーした、いびつな曲を無理をして歌う機会が増えてしまった。それがヒットすれば、必然的にライブのセットリストにもその種の曲が並ぶことになる。安室奈美恵と西野カナの身に起きた“不調”は、こうした構造的な不具合が積み重なった結果だという見方はできないでしょうか?
平成の前期と後期を代表する、安室奈美恵と西野カナ。同じ時期に同じような理由で揃って表舞台から姿を消すという現象は、単なる偶然で片付けられないような気がするのです。
<取材・文/石黒隆之>
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音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter:
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