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夫の世話に明け暮れた主婦の物語。女は何歳になっても生き直せるのか

 英語、イタリア語、フランス語を自由自在に操る国際女優、シャーロット・ランプリング。巨匠ルキノ・ヴィスコンティに見初められた『地獄に堕ちた勇者ども』(1996年)や『愛の嵐』(1973年)で見せた退廃的な魅力で世界中を魅了し、スターの階段を上りつめた彼女も、もうすぐ73歳です。
『ともしび』より

『ともしび』より

 熟年に入ってからもミステリアスな魅力が増し続け、今や伝説的女優になった彼女が、2月2日に公開される『ともしび』で、晩年を迎えた女性が自分自身を発見していく心の旅を、セリフを極力抑えた身体の演技だけで熱演し、ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門で主演女優賞を見事受賞しました。  結婚生活が突然崩壊したとき、老いた女性はどうなるのか―。本作の監督/共同脚本を務めたアンドレア・パラオロ氏との電話インタビューをもとに、ランプリングの女優人生の集大成とも言える本作の見所をご紹介します。

『ともしび』あらすじ

 ベルギーのある街でアンナ(シャーロット・ランプリング)と作家の夫は慎ましやかな日々を送っていました。息子も巣立ち人生の終盤にさしかかった頃、夫のために食事を作り、夫の世話をし、家政婦のパートをするのがアンナの日課
『ともしび』より

『ともしび』より

 けれどもある日、夫は刑務所に収監されます。夫の罪を問いただすわけでもなく、かと言って彼を理解しようとするわけでもなく、何も起こらなかったかのように日々生きるアンナ。ところが少しずつ自我が芽生え、変化が起きていきます……

自分自身が夫婦関係に飲み込まれていく恐怖

 犯罪を犯した夫をもつ妻はそう多くはないと思いますが、夫の欠点や夫婦関係の不満に目をつぶり、自分自身の心を押し殺して平穏な結婚生活を選ぶ妻は少なくないでしょう。そこには、経済的な理由があるかもしれないし、子供がいるからかもしれないし、「夫婦関係とはこういうものだ」という思い込みにあるのかもしれません。
『ともしび』より

『ともしび』より

 そんな妻の心理をパラオロ監督はこう説明します。 「多くの夫婦の間では、お互いのアイデンティティの境界線があやふやになり、消えていきます。長く一緒にいると、“自分のアイデンティティ”がいつの間にか“夫婦のアイデンティティ”に変化してしまう……。アンナは社会、他人、そして自分自身との繋がりさえも失ってしまった女性です。日常を失ったときに彼女がたどる心の旅を通して、女性の自己の喪失と再生を描いた物語です

「セリフや音楽で観客の感情を誘導したくはなかった」

 物語の背景、ナレーション、セリフ、ライティングや音楽さえも極力排除してアンナの心の内側に迫った本作には、メタファーがいくつか登場します。例えば、クジラ。海岸に打ち上げられた大きなクジラの死体は、夫婦の成れの果てとも、アンナが喪失した自分自身とも考えられます。
『ともしび』より

『ともしび』より

 また、映画全編に“”や“”が映し出されますが、これもパラオロ監督が意識的に使ったメタファーとのこと。 「観客と物語を繋ぐ、ビジュアルコミュニケーションとして鏡や窓を使いました。鏡や窓に映るアンナを通して、観客がアンナと対面しているような気分になるようにという意図です。彼女の心理や感情を鏡や窓に反射させて、観客が彼女の心と対話するーーあなたがアンナだったらどうするのか? セリフや音楽で観客の感情を誘導したくはなかった。だから部屋の中はあえて暗くし、アンナの存在だけを際立たせて、彼女の心理や感情だけを感じるような演出にしました」
『ともしび』より

『ともしび』より

 眉毛を吊り上げるだけで哀しみや絶望を表現できる役者はシャーロット・ランプリングしかいなかったと監督が語るように、彼女の静謐なのに感情的な表現力は圧巻。特にトイレで慟哭するシーンは映画史上に残る名演だと言っても過言はないでしょう。
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ラストシーンに込められた監督からのメッセージ
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『ともしび』は2月2日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国ロードショー 配給:彩プロ
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