Love

特定の彼氏を作らないと決めて1年過ごした26歳OL、心は満たされた?

幸せのための恋愛実験 】  互いを「彼氏」「彼女」という言葉で縛らず、でも大切にしながら愛し合いたい。そんな気持ちから「お付き合い」を廃止した26歳OL・藤しおんが、男女の新しい愛のかたちを探ります。
お付き合い制度を廃止した女性

写真はイメージです(以下同じ)

もう誰かと付き合うの、やめる」そう決めてから気づけば約1年経過していた。  複数恋愛をしてみたり、出張ホストで愛を外注してみたり。「愛」というものに対して、自分なりの答えを出そうと試行錯誤してみたけれど、どうしても「これだ」というものに巡り会えた気がしない。  試しては、「なんか違うな」という結論に陥り、煙のようなものを必死で掴もうとしているような感覚に陥る。

お付き合い制度を廃止してから得た幸せ

 私自身、「お付き合い制度廃止」というものを執行してから、随分と心が楽になった。肩の力が抜けたというか、安心したというか、生きやすくなったというか。「幸せを得て、少しだけ孤独になった」という表現が、一番適切なのかもしれない。  人を好きになった時、必ずといっていいほど漫画やドラマではおのずと「お付き合い」がゴールになる。学校の教育課程でも学んでいないのに、気がつけば脳内に「人を好きになる」→「お付き合い」→「結婚」という道筋が刷り込まれている。 結婚して幸せそうな女性 無論私だって今までは、人のことを好きになったら「どうやったら彼と付き合えるか」「いつ告白するのか」そんなことばかりぼんやりと毎日考えていたような気がするし、いざ意中の彼とお付き合いすることになったら「結婚はいつするのだろうか」と思っていた。昔付き合っていた彼と同棲することが決まった時は、「ちゃんと期限を決めて、結婚しよう」と彼に話していた。 「人を好きになる」→「お付き合い」→「結婚」という道筋通りにいかなければならぬ!! と自分自身で自分を追い詰めていた時もあったと思う。  でも、それって本質的か? 改めて考えると、疑問が残る。

結婚のプレッシャーから開放された

 人は生まれた瞬間から自己の幸せのために生きている。「幸せ」という概念は、本来そういったルールに縛られるものではなく、自分で決めるものではないか。  自分で試行錯誤して出た「幸せになるための手段」が、「結婚」であれば心してそれを受け入れようと思うが、今の私にはその結論にたどり着いていない。  だって事実として、「人と付き合わない」というルールは、私に幸せを与えてくれるのだ。 相手の幸せを願う男女「付き合う」という選択肢を外した私は、好きだと思う人ができた時、「付き合いたい」「束縛したい」「自分だけのものにしたい」と思う己の欲望をなくし、相手自身の「幸せ」と自分自身の「幸せ」を考えるようになった。  その瞬間、20代後半に差し掛かってきた時に重くドシンとのしかかってきた「結婚」というプレッシャーがようやく解放され、楽になった。  私は「結婚」をゴールに置かなくていいんだ。そう思った時、心底「自分のために生きよう」「自己実現のために生きよう」そう決心ができた。  しかし、時にでてくる「不安」な気持ち。この気持は一体何なのだろう。
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やっぱり誰かと一緒にいたい
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