作家こだまが綴る小説『けんちゃん』の原点「けんちゃんの単独架空公演」/けんちゃんのいる世界Vol.4
障害を抱えた高校生けんちゃんと、彼と出会い振り回される人々を描いた小説『けんちゃん』。著者こだまは、かつて特別支援学校の寄宿舎に非常勤職員として勤務。たくさんの子どもたちと関わった経験を下敷きに小説を書き上げたという。そんな小説『けんちゃん』刊行を記念して、その原点とも言うべき、こだまがブログに綴っていた“けんちゃんエピソード”を公開。全8回。みんなけんちゃんを好きになる――。
けんちゃんが寄宿舎の廊下で大きな溜息を吐いた。あえて気付かないふりをしていたら、数歩そばに寄ってきて、よりわかりやすく「ふう」と息を吐いた。彼にはそういうちょっと面倒くさいところがある。聞いてほしいのだ。
「けんちゃん、どうしたの?」
「ぜっ全国は、さっさすがにプレッシャーだ」
がっくりと項垂れた。彼の頭の中では既に何かが始まっているようだ。それも、とびきり大きな何かだ。けんちゃんはジャージのポケットからA4用紙を取り出した。そこには、何かのスケジュールらしきものが手書きでびっしりと書き込まれていた。
「これは何?」
「ぼっぼくの、ぜっ全国ツアーが決まったのさ」
単独公演の日程だった。言うまでもないが架空公演である。もう数日後には始まるようだ。
<全国ツアーかいさい決定!!>
12月1日 ○○市民体育館(けんちゃんの故郷)
12月2日 ○○小学校(けんちゃんの母校)
12月3日 山口ホール
12月4日 とっとりスタジオ
12月5日 広しま体育館
12月6日 大阪中学校
12月7日 ○○市民体育館(故郷)
12月8日 ○○小学校(母校)
12月9日 東京ドーム
12月10日 さっぽろドーム
12月11日 青森ドーム
12月12日 岩手ドーム
12月13日 ふくしまドーム
12月14日 ○○市民体育館(故郷)
12月15日 ○○小学校(母校)
(中略)
一日刻みの強行スケジュールである。ほぼ寝ずに移動し、歌うのだ。週に二度、故郷で公演する。けんちゃんは地元を大事にする義理堅い歌い手だ。
12月20日 ○○市民体育館(故郷)
12月21日 ○○小学校(母校)
12月22日 青森
12月23日 岩手
12月24日 山口
12月25日 とっとりスタジオ
12月26日 ○○市民体育館(故郷)
12月27日 ○○小学校(母校)
12月28日 かつどう終了
スケジュールを眺めながら「おや?」と思った。全国ツアーと言いながら九州・沖縄地方は無きものとされている。山口県より南を日本だと認識していない可能性がある。よく「ドーム制覇」などと言うけれど、けんちゃんにとっての五大ドームは東京、札幌、青森、岩手、福島だ。西日本にはドームがない。一個もない。後半、疲れてきたのか青森、岩手、山口と表記が大雑把になるも、鳥取だけは頑として「とっとりスタジオ」だった。鳥取にはそこしか広場がないのだろう。けんちゃんは西日本を舐めている。
当然十二月も学校があるのだが、どう両立させていくのか。「かつどう終了」とは今年の仕事を指すのか、それともアーティスト生命だろうか。謎は深まるばかりだ。
「ぼ、ぼかぁこの辺では、ゆっ有名人だけど、ぜっ全国にはまだぼくを知らない人がいる」
そう言って早速プロフィールを作り始めた。残念ながら、けんちゃんの音楽活動を知る人は校内にもほとんどいない。もしかしたら私だけかもしれない。プロフィール欄には「しんちょう20センチ、たいじゅう50キロ、あしのサイズ60センチ」と書いてあった。
けんちゃんは歌い手として活動するときに「犬(けん)」と名乗る。私はずっと生身の「けんちゃん」の話として聞いていたけれど、彼の頭の中では小型で身長の三倍の足のサイズを誇る「犬(けん)」が全国を駆け回っているのかもしれない。イマジナリーフレンドのようなイマジナリー自分、イマジナリーけんちゃん。
犬(けん)は全国ツアーを驚異の体力と人気で完遂する。私はただ、十二月に入って気忙しくなるであろうけんちゃんの様子を静かに見守るだけだ。
※本稿は、著者こだまが文学フリマ東京(2015年11月23日)で頒布したエッセイ集『塩で揉む』の一遍を、個人の特定に至らないよう加筆・修正したものです。
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こだま
作家。私小説『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)でデビュー。同作はNetflix・FODでドラマ化されるなど大きな反響を呼んだ。また、エッセイ集『ここは、おしまいの地』(太田出版)は第34回講談社エッセイ賞を受賞した。その他著書に『いまだ、おしまいの地』『ずっと、おしまいの地』『縁もゆかりもあったのだ』(太田出版)がある。本作『けんちゃん』が著者初の創作小説となる。
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