札幌で37年間愛されたミスドが閉店…→最終日にレシートに書かれていた“メッセージ”に感動|元TBSアナ・アンヌ遙香
2010年にTBSに入社し、『朝ズバッ!』『報道特集』などを担当したのち、2016年に退社したアンヌ遙香さん(40歳・以前は小林悠として活動)。
TBS退社から紆余曲折を経て20年生活した東京を後にして活動拠点を故郷北海道に戻したアンヌさん。アラフォーにして再スタートを切った「出戻り先」でのシングルライフの様子や心境をつづる連載です。
【過去記事】⇒連載「アンヌ遙香の北海道シングルライフ」を読む
第71回となる今回は、37年間地元の人々に愛された「ミスタードーナツJR札幌店」閉店の報に、アンヌさんが感じたことを綴ります(以下、アンヌさんの寄稿です)。
東京で長年暮らし、故郷札幌に20年ぶりに帰ってきたのが2024年。当初はあまりにも変わった北海道の風景に度肝を抜かれる毎日でした。
繁華街ススキノには、「ココノススキノ」という商業施設ができ、大賑わい。新千歳空港からのJRに乗れば、車窓からは北広島のボールパーク「エスコンフィールド」がどんと構えるあの光景に思わず腰を浮かせたほど。
進化をとげていく北海道、札幌の風景はまぶしい一方で、幼いころ通い詰めていたお店などが次々姿を消していたのは正直寂しいなと感じたのも事実。
そんななかで、札幌駅北口のミスタードーナツの看板に「まだここにあったんだ!」と思わず走り寄り感激したことが、帰郷間もないときにありました。
JR札幌駅北口の切符売り場の真横。北口といえば数々の予備校や北大などもあるため、多くの学生、海外からの観光客、帰宅の途につく前に家族にドーナツを買って帰る人などでいつもにぎわう店舗。
私にとっての「変わらぬ札幌」の象徴のような場所でしたが、そのミスドも今月半ば、とうとう閉店の運びとなりました。
駅構内で37年続いたそうですが、今年41歳になる私にとって物心ついたころからずっと札幌駅の切符売り場とあの甘い香りはセット。駅改修での店舗移転という形のようですが、道内ではこの閉店ばなし、結構ニュースになったのでした。
なぜなら札幌圏で青春時代を過ごした人なら、ひとつやふたつは何らかの思い出があるだろうから。
思い返せば金曜日の夜、帰宅した父親の手にミスドの箱が握られているのを確認した小学生の私と4歳下の弟は「ドーナツだ!!」と玄関先で小躍りしたものでした。
休日の朝に時折食べるドーナツは私たち姉弟にとっての一大イベント。ノーマンロックウェルの絵画が施された箱、懐かしい。古き良きアメリカの風景を体現していたあの独特のタッチ。
中学生になり友達と外出する習慣ができるようになると待ち合わせ場所としてお世話になったし(結構待ち合わせに使っていた人、多かった! 冬場は特に外では待ち合わせできないので、誰でもわかる待ち合わせ場所として重宝したものでした)。
アラフォーにして大学院博士後期課程を受験し、今は働きながら時折大学院に通っていますが、私は必ずこの店舗の前を歩いて学校に向かいます。
乗るはずのJRを逃した時にはこのミスドに駆け込んで、ポンデリングをつまみながら次の列車をホームで待ったこともよくありました。とにかく、いろんな節目にお世話になったんですよね。
「変わらぬ札幌」の象徴だった
ミスドとの思い出の数々
思い返せば金曜日の夜、帰宅した父親の手にミスドの箱が握られているのを確認した小学生の私と4歳下の弟は「ドーナツだ!!」と玄関先で小躍りしたものでした。
休日の朝に時折食べるドーナツは私たち姉弟にとっての一大イベント。ノーマンロックウェルの絵画が施された箱、懐かしい。古き良きアメリカの風景を体現していたあの独特のタッチ。
中学生になり友達と外出する習慣ができるようになると待ち合わせ場所としてお世話になったし(結構待ち合わせに使っていた人、多かった! 冬場は特に外では待ち合わせできないので、誰でもわかる待ち合わせ場所として重宝したものでした)。
アラフォーにして大学院博士後期課程を受験し、今は働きながら時折大学院に通っていますが、私は必ずこの店舗の前を歩いて学校に向かいます。
乗るはずのJRを逃した時にはこのミスドに駆け込んで、ポンデリングをつまみながら次の列車をホームで待ったこともよくありました。とにかく、いろんな節目にお世話になったんですよね。
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