紅白の松田聖子で考える、堂々と「衰える」ということ
ゴールデンボンバーの公開丸刈りや、イディナ・メンゼルまさかの日本語での絶唱など、様々な話題を提供した昨年の紅白歌合戦。その中でも一番注目を集めたのは、やはり大トリを務めた松田聖子だったのではないでしょうか。
というのも、ここ数年のライブ映像や歌番組での彼女のパフォーマンスが著しく衰えているからです。特に「夏の扉」の歌いだしや「Sweet Memories」の高音などは、聴いていて苦しくなってくるほど。
もっとも、その苦しさこそが彼女がきちんと肉声で歌っていることの証明になっているという、なんとも皮肉な結果を生んでいるのですが。ともあれ、そんなコンディションで果たして「あなたに逢いたくて~Missing You~」を歌いきれるのかどうか。
その不安を歌い手自身も抱えていたのでしょう。キーは原曲から半音ほど下げられていました。にもかかわらず、その声がメロディラインの全ての音に到達することはありませんでした。
のみならず、上がりきらない声に助走を与えようと発声の前にタメを作るものですから、全てのフレーズが山びこのように遅れてくる。さらに悪いことに、その後ろめたさを隠すように、歌い終わりにセルロイドの下敷きを波打たせたようなヴィブラートが加わる始末。
結果として出来上がったのは、せいぜい浜崎あゆみの上位互換程度の大変に残念な歌でした。率直に言って、曲が壊れていました。紅白終了後、司会の吉高由里子が「聖子さんでも緊張するんだな」と語ったという記事がすぐに配信されましたが、近年の松田聖子を少しでも知っていたら、それは緊張のせいではなくある程度想定された事態だったと考えるでしょう。
※2014年『紅白歌合戦』はNHKオンデマンドで有料配信中(1月15日まで)
http://www.nhk-ondemand.jp/share/pickup/kouhaku.html?capid=nolkouhaku65
しかし、本当の問題は衰えではありません。歌い手だって人間ですから、みな老いる。肝心なことは、それとどう向き合うのか。衰弱に説得力と正当性を持たせること。かつて咲き誇った花も、いずれ土にかえります。フェイズは上昇にみなぎる覇気から、下降を見つめる態度へと移行する。そしてそれに取り組めるのは、その年齢に至るまでキャリアを維持することのできた年長者の特権であるとも言えるのです。
昨年の10月にリリースされたアレサ・フランクリンのアルバム『Sings The Great Diva Classics』。そのリリースに先がけて公開された「Rolling In The Deep」(アデルのカバー)が大変な話題となりました。ただし、“これはオートチューンを使っているのではないか?”というゴシップ的な興味から。
たしかに実際に音源を聴くと、本来はひとつながりのはずのメリスマにいくらかの凹凸が見受けられます。そのため、ピッチが修正された代償として肉声のタイム感までもが均一になっているので、きわめて不自然な歌になっている。これはアデルのカバーだけでなく、アルバム全体を通して消せない違和感としてついて回ります。
⇒【YouTube】Aretha Franklin‐Rolling In The Deep アルバムバージョン http://youtu.be/oNWeGngQqOI
もっとも、それも音楽をパッケージングすることを考えたらやむを得ないのかもしれません。どんな歴史的建造物だって、修復に次ぐ修復を繰り返して今日まで残っている。アレサの声はそれに匹敵する世界遺産だろう。クライヴ・デイヴィス以下制作陣がそう判断したとしても不思議ではありません。
そして、その判断は正しかった。「Rolling In The Deep」のスタジオバージョンを先行公開したその翌日にアップされたライブパフォーマンスには、病気療養から復帰した72歳が真正面からアデルに挑んで敗れるという当たり前の事実が率直に記録されていました。
キーもテンポもオリジナルと同じ。ボーカルのメロディラインや節回しもアデルのものをきちんと踏襲している。ゆえに現状のアレサでは至らない部分が少なからず出てきます。そこをアレサはごまかさないのですね。体力と技術が不足しているなりに、貧しくかすれたファルセットでありながらも曲を成立させようという意志だけは失っていない。
⇒【YouTube】Aretha Franklin:“Rolling in the Deep/Ain’t No Mountain” ライブバージョン http://youtu.be/Bl8iBkjnRdA
http://youtu.be/Bl8iBkjnRdA
そしてその率直さこそが、アレサ・フランクリンという大木の偉大さを保証しているのです。曲から逃げないことで浮き彫りになる衰えが、後進に託すのだという気迫を裏書きしている。「アデルちゃん。休んでないでとっとと歌わんかい」と。
さて、2014年の紅白で最後に歌われた「あなたに逢いたくて~Missing You~」は、デイヴィッド・レターマン・ショウでのアレサのようにまっすぐな歌だったと言えるでしょうか。上がりきらない音をぼやかすためにフレーズの終わりをフェイドアウトさせたり、大げさなヴィブラートで楽曲を置き去りにしたりする歌が、果たして人の心を打つでしょうか。
もちろん、カバーと持ち歌という違いはあります。しかし、そうであったとしても割り切れないもやもやが、あの歌にまとわりついていたように思います。それは質量ともに枯渇していた声の中にではなく、決して音を発することのないどこか奥底に潜んでいるのではないでしょうか。
⇒【YouTube】Adele‐Rolling in the Deep http://youtu.be/rYEDA3JcQqw
<TEXT/音楽批評・石黒隆之>
衰えと向き合うのは、年長者の特権だ
アレサ・フランクリンのオートチューン使用疑惑
真正面から挑んで敗れたソウルクイーンの気迫
石黒隆之
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。いつかストリートピアノで「お富さん」(春日八郎)を弾きたい。Twitter: @TakayukiIshigu4