宇垣美里「体が内臓から冷えてゆくのを感じた」/映画『その手に触れるまで』
元TBSアナウンサーの宇垣美里さん。大のアニメ好きで知られていますが、映画愛が深い一面も。
そんな宇垣さんが公開中の映画『その手に触れるまで』についての思いを綴ります。
●作品あらすじ:ベルギーに暮らす13歳の少年アメッドはどこにでもいるゲーム好きの普通の少年でしたが、尊敬するイスラム指導者に感化され、過激な思想にのめり込みます。
学校のイネス先生をイスラムの敵と考え始め、抹殺しようとしますが…。
カンヌ国際映画祭で2度のパルムドール(「ロゼッタ」「ある子供」)と脚本賞(「ロルナの祈り」)、グランプリ(「少年と自転車」)を受賞したダルデンヌ兄弟が監督し、初のカンヌ監督賞受賞作となったこの作品を、宇垣さんはどう見たのでしょうか?
何が彼をそうしてしまったのだろう。傾倒する過激な思想に狂信的な犯行、すべてニュースで見た欧米の連続テロ事件を起こした当事者そのものなのに、うつむきがちなその目はあまりにも不安げで繊細でか弱い。だから私はずっと怖くなかった。ただ悲しかった。
どこにでもいる中二病の13歳。思春期独特の、親や先生といった権威に対する反抗心や、純粋すぎるがゆえの脆(もろ)さ。それが歪んだ思想の師と出会ってしまったことで、イスラム過激派の「女性は不浄である」という教義と重なり、ついには凶行に走らせる。
少年院でこっそり用意する武器は、子供のおもちゃの域を出ない。ぷくぷくと柔らかな頬にどこか緩慢で愚鈍な動き。キスの相手より、未遂に終わった握手の相手を執拗に狙う姿は、ただただ身勝手で、彼の傾倒する思想がいかに自分本位な解釈にすぎないかがわかる。
ずっと真顔だった彼が農場で思わず見せた年相応の笑顔に、胸を締めつけられた。なんて愚かで妄信的で幼いんだろう。普通のティーンエージャーじゃないか。けれど、涙ながらの母の声も、被害者の許しも、農場での触れ合いも、彼をかつての世界に引き戻しはしない。
ただ唯一、自らの命の危険のみが彼の気持ちを動かすけれど、ラストをどう受け止めるべきなのか。それすらも彼の心の奥底を変えることはできなかったんじゃないか。
一度落ちてしまった心を取り戻すことは、こんなにも難しい。淡々と、けれど寄り添うような近い距離で映し出される彼が、遠くに、遠くに落ちていくさまに、なぜだか体が内臓から冷えてゆくのを感じ、寒気が止まらなかった。
『その手に触れるまで』’19年/ベルギー・フランス/1時間24分 監督/ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ 配給/ビターズ・エンド
© Les Films Du Fleuve – Archipel 35 – France 2 Cinema – Proximus – RTBF
<文/宇垣美里>
⇒この著者は他にこのような記事を書いています【過去記事の一覧】

撮影/中村和孝

過激な思想にとらわれた13歳の少年。その正義の暴走は止められるのか?
宇垣美里
’91年、兵庫県生まれ。同志社大学を卒業後、’14年にTBSに入社しアナウンサーとして活躍。’19年3月に退社した後はオスカープロモーションに所属し、テレビやCM出演のほか、執筆業も行うなど幅広く活躍している。