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顔に青あざがある少女を描く漫画『青に、ふれる。』が伝えたいこと<鈴木望×水野敬也対談>

社会の空気の中で生まれてきた作品

鈴木:そういう空気が当たり前にあるなかでの、太田母斑がある主人公と、相貌失認の先生の日常を描こうと思っています。だからやっぱり、社会の空気の中で生まれてきた作品ではありますね。  私は、実は『顔ニモマケズ』を読んで、最初はすごく苦しかったんですよ。この本に出てくる方たちは、自分のコンプレックスと向き合って、親御さんとの関係もしっかりしていて、周囲とちゃんとコミュニケーションが取れていてすごく素敵だなと思って。  私自身はそうではなかったので、「いやいや、私こんなすごい人になれない」みたいな。自分と比べてしまって、「こういう方もいるのに私は……」と落ち込んだり。「読んではみたけどやっぱりつらいなあ」と思ってしまった。でも、だからこそ「じゃあ、私だったら見た目のコンプレックスをどう描けるかな」と思いはじめました。
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「僕自身、『醜形恐怖』の症状を抱えていた時期がある」(水野)

水野:取材をOKしてくれて、『顔ニモマケズ』に登場された方たちは、問題を乗り越える強さを持っているんです。でもそれは愛情のあるご両親に育てられているからこそというところもあって、そのエピソードを描かざるを得なかったんですね。そうすると、悩みを持った人にとっては、恵まれた環境にいるスーパーマンみたいに見えてしまうのではというジレンマはありました。

「僕自身も醜形恐怖だった」と水野さん

鈴木:水野さんはそもそもどうして『顔ニモマケズ』のような本を書こうと思ったんですか? 水野:たまたまEテレの『ハートネットTV』という番組を観たときに、顔に傷やあざなどの症状があるいろんな方が出演されていて。僕自身、恋愛やモテにまつわる本を出版してきた一方で、自分は醜いんじゃないかという恐怖から逃れられない「醜形恐怖」の症状を抱えていた時期があるので、とても心を揺さぶられました。それで「これは自分も関わるしかねえ!」と思い、いろいろ調べはじめて、マイフェイス・マイスタイルさんにご連絡をしたんです。その後、団体のサポートという立場で関わるようになって、本を出したいとご依頼を受けて出したのが『顔ニモマケズ』です。  僕自身が抱えていた「醜形恐怖」の症状は、朝、顔がむくんでいるのが気になって、それだけでもう人と話せないし、上を見て歩けないというものでした。瑠璃子の「こっち(あざがないほうの顔)だけしか自信が持てない」というのと同じ、もしくはもっとすごかったかもしれない。症状の重さ=不幸の度合いじゃないと思うんですよね。例えばちっちゃなホクロでも、一個のできものでも、人生でうまくいかないことの原因がすべてそれらのせいに思えて生きづらくなって人もいる。だから、症状の重さとは関係なく、多くの人が抱える見た目のコンプレックスについて考えて、生きるヒントを与える本にしたかったんです。  本の感想としては、すごく勇気が出たっていう意見もあるし、「ドロドロした部分がない、綺麗な本だ」という当事者の方もいれば、「結構突っ込んで書いている」っていう方もいて。ほんとにいろんな意見、僕が予想していた意見とはかなり違うものもありました。 鈴木:『顔ニモマケズ』は、顔の変形、あざ、麻痺、脱毛……それぞれに異なる症状を持つ9人が登場しますが、それぞれの普段の生活や性格、口調が伝わってくるような文章で書かれていて、そしてそれがその人の魅力になっていますよね。私も、瑠璃子と神田先生の日常を漫画にすることで、彼らの生きづらさも魅力も描けたらと思っているんです。そういう意味では、目指すところは同じといったら変かもしれないですけど、似ているのかなと思いました。 水野:そう思います。症状があるとかないとかは関係なく、その人の日常を丁寧に描いたり、『えっ、そんな考え方もアリなの?』といったユーモラスな部分を描いたりすることで、結果として人間としての魅力が伝わるんですよね。 ――コンプレックスと向き合う主人公を描くにあたって、意識していることはありますか? 鈴木:古典的な少女漫画だと、例えばコンプレックスを持った女の子が出てくると、女の子は何も努力していないのに救われたりするじゃないですか。それに対してはずっと「え、なんで?」「それってやっぱりかわいいから?」みたいに、ひねくれてとらえていたので、それだけはしたくなくて。神田先生のことを瑠璃子が好きになるのも、かっこいいからじゃなくて、(瑠璃子の)「笑顔が光る」って言ってくれたところとか、人間性の部分で好きになっていく部分を丁寧に描きたいんです。もちろん、かっこよくは描きたいですけれど。
青に、ふれる。6

©鈴木望/双葉社

水野:わかります。結構前の映画になりますが、僕は『ノッティングヒルの恋人』を観たときにふざけるなと思って(笑)。大ヒットした作品だし、名作と言われているんですけど、書店員のヒュー・グラントがいきなり女優ジュリア・ロバーツにバッタリ会って、そのあと家に来てジュリア・ロバーツからキスされるんですよ!? 「嘘つけ!」と思ってDVDの電源切ったんですよね。後から落ち着いて観たらすばらしい映画だったんですけど(笑)。 鈴木:あとは、あざがある主人公と相貌失認の先生の関係を考えると、共依存的な関係になりやすいし、ともするとそこで世界が完結してしまう危うさがあると思うんです。でも、そういう排他的な関係性じゃなくて、家族、友達、学校、地域というように、瑠璃子と先生の社会が広がっていく作品にしたいなとは思っています。 水野:でも『青に、ふれる。』は、鈴木さんがいま話されていたような社会的なテーマも多分に含みながら、少女漫画的な要素、ラブストーリーも軸としてあるんですよね。そこが本当に素晴らしいし、新しいし、見た目の問題を扱ううえでも、すごく重要な要素になっていると思うんですよね。社会性が強すぎても違うし、弱くても違うし、素晴らしいバランスのうえに成り立っていると思います。 鈴木:でも私にとって『青に、ふれる。』はやっぱりファンタジーですよ。神田先生みたいに、私のあざを「オーラだと思っていました」なんて言ってくれる人は実際にはいないし(笑)。
青に、ふれる。5

©鈴木望/双葉社

水野:なるほど。ある種のノッティングヒル感もないと描けないみたいな。これは深い話だな。コンプレックスと向き合うには、フィクション、物語を持っていないと生きていけないし、物語だけでは生きていけないんですよね。(第2回に続く) ●鈴木望 漫画家、山形県出身。『月刊アクション』(双葉社)にて、太田母斑の少女×相貌失認の先生の物語『青に、ふれる。』を連載中。同作は現在「次にくるマンガ大賞2020」にノミネートされている ●水野敬也 作家。著書に『夢をかなえるゾウ』、『人生はニャンとかなる!』など。また、恋愛体育教師・水野愛也として、著書『LOVE理論』、『スパルタ恋愛塾』がある <取材・文/和久井香菜子 撮影/我妻慶一>
和久井香菜子
ライター・編集、少女マンガ研究家。『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)が好評発売中。英語テキストやテニス雑誌、ビジネス本まで幅広いジャンルで書き散らす。視覚障害者によるテープ起こし事業「合同会社ブラインドライターズ」代表
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