「実は親に結婚を大反対されたんです。『そんな、先も今も見えてないような男と結婚することは許さない。どうしても結婚するなら親子の縁を切る』と。
母親なんて1週間も寝込んだらしいです。でも私、どうしても彼と結婚したかったし、夢をかなえてほしかった。だから親子の縁を切って結婚した。彼、あのときは号泣しながら『がんばるよ』って言っていたのに……」
そのとき思い出したのが、つきあう前の彼の言葉だった。「どうしても結婚したいという彼女に押し切られた」と彼は言っていた。もしかしたら、自分もそうなのだろうか。彼自身にはそれほど結婚したいという欲求はなかったのに私が押し切っただけなのだろうか。ユミさんの中でモヤモヤした感情がわき起こった。
「そのころ彼は昼間のバイトも辞めていたんです。だからといって家事をしてくれるわけでもない。器材がほしいとなると私にせがむようにもなっていました。せめて自分の食い扶持(ぶち)くらいは稼いでほしいと言ったら、彼はまた数日、帰ってこなくなった」
どこに行っているのか不思議だったのだが、あるとき彼が他のバンドのライブに出演することになった。終了後、彼の元へと小走りに駆け寄る女性を見つけた。楽屋へ行ってみると彼が女性と親しげに話している。
「もしかしたらとピンと来たんです。元カノではないか、と。彼は私を見ると彼女とともに去って行きました。私はふたりを追いかけ、彼女に『サトシの妻です』と挨拶しました。彼女は軽やかに笑って『ああ、あなたが……』と」
あとで彼を問いつめてみると、やはり当時の彼女だった。彼女は別れたあと結婚、今は彼を応援してくれているのだという。
「もちろん男女の関係があると思います。結局、彼女とは縁が切れていなかった。私は彼女からみると略奪愛で結婚した女ということになるんでしょう。でも私にとっては夫の不倫相手に過ぎません」
彼が浮気してもかまわないと思っていたが、状況が違うとユミさんは言う。彼が必死に音楽に取り組んでいるなら、たとえばライブ後に興奮が高まっていての浮気くらいならあるかもしれないと心していたのだ。だが、自分が応援しているのにたいして努力もせず、元カノとよりを戻しているのは甘すぎる。彼女はそう感じている。
恋人の夢を応援したい、そのために会社員である自分が生活のめんどうをみるという女性の話はときどき聞く。だがユミさんが言うように、それは「彼が夢に向かってがんばっている」のが大前提なのだ。結果、成功するかどうかはどうでもいい。がんばる彼を応援したいのだ。
だから彼が結婚生活に甘んじて何もしないとなると話は別。まして浮気など言語道断だろう。
「私が甘かったんですね。彼なら応援するこちらの気持ちに応えてくれるはずだと思い込んでしまった。そもそも自分の夢を他人に託すという私の考え方が間違っていたのかもしれません」
ユミさんは現在、離婚を考えている。彼は週に半分も帰ってこなくなったという。
―シリーズ「
結婚の失敗学~相手選びの失敗」―
<文/亀山早苗>
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