『ミッドナイトスワン』『Fukushima 50』日本アカデミー賞受賞への大疑問
第44回日本アカデミー賞が、去る2021年3月19日の授賞式で発表された。
日本映画154本・外国映画210本を選考対象とし、最優秀主演女優賞に長澤まさみ(『MOTHER マザー』)、最優秀助演女優賞に黒木華(『浅田家!』)、最優秀アニメーション作品賞には『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が選ばれるなど、盛況のうちに同賞の発表は幕を閉じた。
今回、問題として取り上げたいのは、最優秀作品賞、主演男優賞を受賞した『ミッドナイトスワン』、助演男優賞、監督賞など多くの賞を受賞した『Fukushima 50』についてである。多くの出演者やスタッフたちの喜びに水を差すようだが、日本映画界の権威の一つである日本アカデミー賞が、この二作品に賞を与えたことは、果たして正しかったのだろうか。なぜなら、『ミッドナイトスワン』と『Fukushima 50』は、それぞれに作品の質以前の問題を抱えているからだ。
最優秀作品賞、そして草なぎ剛が主演男優賞を受賞した『ミッドナイトスワン』は、トランスジェンダーの主人公と、愛情を注いで育てる親のいない子どもの交流が描かれた人間ドラマ作品。トランスジェンダーへの差別と育児放棄という、社会的な問題が題材となっている。
トランスジェンダーについては、まだまだ日本では理解が進んでいないこともあり、今回、演技者として実力と人気を兼ね備えた草なぎ剛が、そういった役を演じること自体には、意義があることは確かであり、監督のインタビューを読むと、当事者への聞き取りや、トランスジェンダーを応援する団体への相談を行なっていて、その成果はある程度内容に反映されているといえる。偏見にさらされている存在について考えるきっかけになり得る作品であり、今回の受賞は、そのことが大きく評価されたものだと考えられる。
批判を受けた内田英治監督は、「多様な意見がある。素晴らしいこと。人の数だけ意見が富んでる。素晴らしいこと。でも自分の映画を社会的にはしない。これは娯楽。娯楽映画で問題の第一歩を感じれればいい。社会問題は誰も見ない。映画祭やSNSでインテリ気取りが唸り議論するだけ。なので娯楽です。多くの人に観てほしい。それだけ」とSNSで発信し、『ミッドナイト・スワン』の成立過程や、社会問題に対する姿勢について、さらなる批判を呼ぶこととなった。
この言いようでは、トランスジェンダーへの差別や、理解が進まない境遇を、娯楽の題材として利用しただけではないのかという疑問を持たれても仕方ないだろう。
現在の米アカデミー賞において、こういった作品に賞を与えるかどうか、ということを考えてみてほしい。本作がトランスジェンダーへの偏見を助長するおそれがあることは確かであり、実際に各方面から異議の声があがっていることも周知の事実だ。
その作品にわざわざ賞を授与することは、日本アカデミー賞を主催する日本アカデミー賞協会が、それらの声を無視するという姿勢の表明となり、引いては、日本社会のトランスジェンダー問題への意識が低いことを、公に発信していることになるのではないだろうか。
『ミッドナイトスワン』にトランスジェンダー当事者や専門家から異議の声
![草なぎ剛主演「ミッドナイトスワン」](https://joshi-spa.hyper-cdn.jp/wp-content/uploads/2021/04/c68487487c22f3dc-359x507.jpg)
一方、その内容について、一部のトランスジェンダー当事者や専門家からは異議の声があがっている。大きなポイントとなったのは、タイで性別適合手術を受け、後遺症によって死亡するという描写が劇中にあることである。ハフポストの取材では、GID(性同一性障害)学会理事長・中塚幹也医師が「現実には考えにくい」と述べているように、その展開は事実から離れた表現だということが明らかになっている。 結果的に、この描写はトランスジェンダー当事者の恐怖を煽ったり、手術を受けた人、タイの医療技術などへの偏見を強化するものとなってしまっているのである。それは、この作品自体の存在理由すら揺るがせてしまう。
監督の発言でさらに批判も
とはいえ、作品を守らなければならない映画監督としての立場は理解できるところであり、内田監督は、自身の軽率な発言については反省の弁を述べているので、今回の批判を受け止めることで、今後の作品づくりに反映してもらいたいし、この例が、今後同じような題材を取り上げるクリエイターたちの教訓となってくれることを願っている。 今回とくに問題にしたいのは、このような経緯があった作品を、日本アカデミー賞が「最優秀作品」に選んでしまったことだ。