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Vol.20-1 不妊治療に300万円。心が壊れた妻は「これは何の罰?」と号泣した

機械のように「いいね!」を押し続ける罰

 気がつけば何時間も経過し、深夜3時を過ぎていた。ふたりとも翌日は仕事だったが、とても眠れるような状況ではない。 「咲は、頭の中に溜まった澱(おり)を、ひとつ残らず吐き出そうとしていました。僕に、というよりはこの世界全体に向けて」  咲さんの絶望の矛先はFacebookにも向けられた。咲さんは、学生時代の友人や職場の同僚が投稿する我が子の成長写真に、今まで律儀に“いいね!”を押し続けていたそうだ。 ※写真はイメージです「もう無理、もう無理って、消え入りそうな声で言うんですよ。僕は、“いいね!”なんて押さなくてもいいじゃない。投稿を非表示にすれば……と言いかけたんですが、鋭い声で『できるわけない!』と遮(さえぎ)られました」  それは、なぜか。 「今までずっと“いいね!”を押してきた私が、突然押さなくなったら、友人や同僚たちはきっと変に思う。“何か”を、思う。それに耐えられないし、怖い。私はこれからもずっと、あの人たちの子供の写真を見て、機械のように“いいね!”を押し続けるしかない。そんなの無理だよう、無理だよう……って。子供みたいに泣きじゃくるんです」  深い溜息をついて、石岡さんは言った。 「咲が言うんですよ。これは何の罰? ねえ、何の罰?って」

「意識の高い夫婦だって思われるのが、死ぬほど嫌」

 ここから先の咲さんの言葉は、さらに重い。 「咲は言いました。私は“子供を作らない人生を選んだ意識の高い夫婦”だって思われるのが、死ぬほど嫌。できれば名札をつけて外を歩きたい。『私たち夫婦に子供がいないのは、作らないからではなく、できないからです』って。 ライフスタイルとして子供を作らないお気楽な夫婦と、一緒にしてほしくない。私はね、欲しいけどできなかったんだよ。ものすごく努力して、バカみたいに時間もお金もかけて、卵巣に何度も針を刺して地獄の苦しみを味わったけど、それでもできなかったんだよって。首に看板かけて、一生言い続けたいくらいなの。でも、世間はきっと、そういうふうには見てくれない。 私はこれから、Facebookによくいる、子供はいないけど夫婦ふたりで大人ライフを満喫してますよ、私たちはささやかな幸せを味わってますよ、足りてますよって、日々自己催眠みたいに投稿する人たちと、同じ“側”の人間になるんだって。これからは“そっち側”の人間として扱われるんだって。そう言って、オンオン泣きました」 ※写真はイメージです 石岡さんは、いくら頭を回しても、かける言葉が出てこなかったという。 「1mmの反論も反証もできない、人間の完璧な絶望というものに立ち会いました」  石岡さんは言い淀み、そして絞り出すように言った。 「その時、思ってしまったんです。こんなことなら、子供なんて欲しがらなければよかったって」  石岡さんは今から8年前、40歳のときに急に子供が欲しくなった理由を話し始めた。 (次回につづく) <文/稲田豊史 イラスト/大橋裕之 取材協力/バツイチ会>
稲田豊史
編集者/ライター。1974年生まれ。映画配給会社、出版社を経て2013年よりフリーランス。著書に『映画を早送りで観る人たち』(光文社新書)、『オトメゴコロスタディーズ』(サイゾー)『ぼくたちの離婚』(角川新書)、コミック『ぼくたちの離婚1~2』(漫画:雨群、集英社)(漫画:雨群、集英社)、『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)がある。【WEB】inadatoyoshi.com 【Twitter】@Yutaka_Kasuga
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