家計収入はゼロのまま。祖母に養われ、ほそぼそと暮らす日々が続いた。小林さんは勉学に励み、高校は県下きっての公立進学校へ。そして一浪ののち、なんと東大に合格する。
「ずっと、高校を出たら働くものだと思っていました。
実は僕、高校2年まで大学というものがあることすら、知らなかったんです。兄が大学に通っていたとき僕は小学生だったので、よくわかっておらず……。あとで知ったんですが、家の収入がゼロだったため、兄は奨学金制度で大学の授業料が免除されていました」
外資系の一流企業で働いていた兄は、高2の小林さんに大学の存在を教え、あたたかい手をさしのべてくれた。
「会社の遠隔地手当てをうまく使うと、国公立大学の授業料くらいならまかなえることが判明したんです。
何を勉強したい? と聞いてきた兄に、僕は心理学がやりたいと答えました」
心の病や障害を持つ家族に囲まれて育った小林さんが、もっとも探求したかったこと。それは「
人の心のしくみ」だった。

「すると兄は、じゃあ東大に行けって言うんです。兄は心理学科の知識などなかったので、良くも悪くも適当に言っただけだったのですが」
しかし塾に行くような金はない。小林さんは自力で猛勉強した。学校の図書室が閉まったあとは予備校の自習室に潜り込み、そこも閉まると24時間開いているオフィスビルの非常階段で、深夜2時、3時まで参考書とノートを広げる日々。深夜に帰宅しても、母親は何も言わなかった。息子に無関心だったのだ。
現役合格は叶わなかったが、浪人中に通った予備校では特待生だったので授業料は全額免除。一浪して、見事合格する。東大では心理学や精神医学を心ゆくまで学んだ。
「普通の大学の心理学科は精神疾患について学べませんが、東大はちゃんと学べる貴重な場所だったと、東大に入ってから知りました」
学科内ではトップクラスの成績だった。
東大を卒業した小林さんは、都内にあるビジネス書の出版社に就職。2年目に、のちの妻・初美さんと出会う。
「初美との出会いは、出版スクールの懇親会です。出版スクールというのは、著者としてビジネス書や啓発書などを出したい人が通う学校のこと。彼女は仕事をしながらそこに通っていて、当時まだ出版社の新人編集者だった僕は、その学校で講師を勤める会社の先輩のお供として、パーティーに出席していました」

パーティーの席で初美さんは、たまたま読んでいた統合失調症(精神疾患のひとつ)に関する本が、小林さんが企画・編集を担当したものだと知る。小林さんが大学で学んだ心理学や精神疾患の知識をフルに生かした本だ。
「こんな素晴らしい本を作ってくださり、ありがとうございました! と、お礼を言われました。実は、初美の弟さんも統合失調症を患っていたんです」
それをきっかけに、小林さんと初美さんは同世代のライター、ブロガー、編集者による勉強会サークルで、定期的に顔を合わせるようになる。
友人関係のまま数年が経過するうち、徐々に距離が縮まり、やがてふたりは交際に至る。しかし、心理学や精神疾患に通じていた小林さんは、早々に気づいた。初美さんもまた、精神疾患を抱えていることに。
(次回につづく)
【ぼくたちの離婚 Vol.21 いつか南の島で #1】
<文/稲田豊史 イラスト/大橋裕之 取材協力/バツイチ会>