それからしばらくして季節は春になり、ゼミはめでたく開講しました。担当している授業も生徒が入れ替わり、いつも最前列にいたはずの、例の男子学生の姿はなかったそうです。

「いつも私が教室に入ってきたら最前列にいるので、彼の姿が見当たらなかったときは少し変な気分でした。なんだろ、ようやく解放されたというか、それでいてどこか不気味でまだ何かあるんじゃないかって」
「まだ、あきらめていませんから」
男子学生がそう叫んだ夢を見たと語ってくれました。
「でも、あれ以来キャンパスでその男子学生を目撃することありませんでした。もちろん私の住んでいる地元でも。なんだか怖いんですよね。また突然現れるんじゃないかと思うと」

それから数年後、晴美さんは母の介護のため長年勤めた大学を後にし、鹿児島の実家に戻ったそうです。でもいまだに街を歩いている学生を見かけるたびにあの時の光景がフラッシュバックすることがあるといいます。
「あの時、私があの男子学生との接し方は果たして正しかったのだろうか?何かもっとできなかったのだろうか?と自問自答する日々も続きました。でも、あれはあれで良かったんだ、と思うようにしています」
今ではすっかり田舎暮らしに慣れてしまい、時折、講師時代のことを思い浮かべる日々を送っているそうです。
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<文/片桐麗音 イラスト/zzz(ズズズ)
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