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不妊治療や流産の話って“禁句”なの?「なんでや!」とぶちきれた日

流産を他人に知られてはならないという不文律の根っこは

 流産の確率は全体の15%に及ぶといわれている。数字だけ見ればかなりの割合だ。そのわりに、流産したという女性の話をまわりではあまり聞いたことがなかった。  大っぴらに話しちゃいけないこととされているから、多くの人が内々で処理をし、なかったことにしているのだろう。不妊治療にもそういった側面はあるし、生理だって最近になってムーブメントが起こっているけれど、少し前まではロに出すのも憚(はばか)られることだった。 妊娠検査薬イメージ 古くから日本では、生理中の女性を「穢(けが)れ」とみなし、月経小屋に隔離したり、神社に参拝することを禁じたりする風習があった。スウェーデンの女性漫画家リーヴ・ストロームクヴィストの『禁断の果実 女性の身体と性のタブー』によると、女性や生理をタブー視する文化は日本にかぎらず世界中に存在するようだ。出産による出血ですら厭(いと)われていたぐらいなので、流産した女性の扱いなどそれは酷いものであっただろうことは容易に想像がつく。  流産を他人に知られてはならないという不文律の根っこは、おそらくこのあたりにあるのではないだろうか。出所さえわかってしまえば、そんな女性蔑視的なクソ因習になんで二十一世紀を生きるうちらがつきあってやんなきゃなんないの? クソたるいっつ一か知んねえっつ一の、ほんじゃお先で一す! というかんじである。  もちろん中には、他人に知られたくない人もいるだろうし、話したくなければ無理に話す必要なんてないとも思うが、自分の体のことなのに勝手にアンタッチャブルにされ、さらにはそれを内面化してしまっていることに、私個人はやり場のない怒りをおぼえる。

理屈がわかれば納得はできた。数字が私を冷静にしてくれた

 それでも妊娠判定が出て流産するまでのわずかーヶ月足らずのあいだは、この不文律になんの疑問も抱かず、そんなものかと受け入れていたようなところがあって、人に知られてはならないというプレッシャーからほとんどの予定をキャンセルした。「どうして今日はお酒飲んでないの?」とだれかから訊ねられたときに、うまくごまかす自信がなかったのだ。  どうしてもキャンセルできなかった飲み会が一件だけあったが、トロピカルなんちゃらソーダとかいうような、一見酒に見えるノンアルコールカクテルを選んでごまかした。わざわざいらぬ噓をつかなくて済んだのはよかったけど、本来ならめでたいはずのことなのに、なんでこそこそしなければならないのかとモヤモヤした気持ちが残った。ちょうどその日はやおい者ばかりの集まりだったので、さっそく妊娠時におけるやおいづわりについて研究報告をしたかったのに。 カクテル 病院のベッドから、妊娠を打ち明けていたごくわずかの相手に「流産しちゃったよ一」と軽い調子でメールを送信した。相手が返答に困っている様子が、画面からも伝わってきた。背負わせてしまって申し訳なかったが、夫のほかにも知っている人がいてくれることがそのときはありがたかった。「私はぜんぜん大丈夫だから! いつから酒を飲んでいいのか、いま血眼になって調べてるとこだよ」と冗談まじりに二言三言のやりとりをした。  妊娠初期の流産は受精卵の染色体異常によるもので、避けようもなく起こることだ。無理して仕事を続けていたからではないか、身体を冷やしすぎたのではないか、とつい自分を責めてしまう女性が多いようだが、なにをしようとしなかろうと、起きるときには起きてしまうものなのである。しかも全体の15%――四十代では50%の確率にのぼるというんだから、むごいものだなと思う。  だけど、むしろ私はそのことに救われた。理屈がわかれば納得はできた。数字が私を冷静にしてくれた。ふむふむなるほど、了解でーす、と実にさっぱりしたものであった。  いくらなんでも薄情すぎるんじゃないかと我ながら心配になり、入院中に流産を経験した女性たちの文章をネットで読みあさったりもした。彼女たちの言葉は切実で胸に迫り、涙を誘われもしたけれど、流産という経験は個々人のものであるはずなのに、それを語るための言葉がすでに用意されていて、そこからはみ出す言葉や感情を選んだら許されないようなかんじが、ちょっとだけした。流産してもへらへらしている女の書いたものが読みたかったのに、そんなものはどこにもなかった。
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上から修整液で塗り潰されるなんてたまったもんじゃなかった
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