誰も“通行人A”のことなんて気にしていないとわかった
東京はおしゃれな人ばかりが住む街だと思っていたが、いざ上京したら何のことはない、ただ、色んな人がいるだけの場所だった。そして大学内は、派閥もいじめも見当たらない、多様性が当たり前の世界で、服装で人を判断する人間なんていなかった。
いや、違う。もしかして大学に入る前から、世の中は「こう」だった?

ずっと縛られていた
「私なんかがメイクをしたら調子に乗っていると思われる」「こんな服は可愛い女子しか着てはいけない」といった思い込みが、とんでもなく自意識過剰なものだったことに、やっと気が付いた。
誰も、“通行人A”のことなんて気にしていない。見てすらいない。そう考えると“私なんか”って、すごく恥ずかしい言葉じゃないか!
自分にかけた呪いを自分で解くような一人芝居を終え、本来の自分らしきものを取り戻した“底辺女”。男性から逃げも隠れもしなくなり、思うままに発言し、気の向くままに行動し始めた。サークルにも入って、いつの間にか1人で絵を描くことはなくなり、集団行動が好きになっていた。
ある日、ごく自然に「素敵だな(碇シンジみたいで)」と思った男の先輩に自分から話しかけてみた。数週間後、その人とお付き合いを開始することになる。自分には無縁だと思っていた恋愛なるものが、意外なほどあっさり始まった。
6年以上にわたる思春期こじらせ時代が、やっと終わったのだ。
恋人ができたことで周りから「地味女が色気づいてンじゃねえよ」と言われることもなければ、「こんなの罰ゲームに決まってンだろ!」という残酷などんでん返しも特に用意されていなかった。誰もが皆、自分が主人公の世界で忙しく生きている。関係の薄いモブキャラにいちいち絡むほど、暇じゃないのだ。

こうして遅めの青春時代をスタートさせた私。もしも中学や高校で青春を謳歌できていたら、不器用な自分のことだから、勉強なんてまったくしなかったと思う。底辺にいたおかげで学校にいる間は勉強しかやることがなく、その結果、18歳で「なんだか話の合う人たちが大勢いる学校」という居場所を選ぶことができた。まさに、禍福は糾(あざな)える縄の如し。
底辺にも立ってみるものである。
社会に出てから、意外な人の「底辺出身だよ!」という告白に驚かされたことが何度もある。皆さん一様に、口では「黒歴史」だと言いながら、顔はにやにやと誇らしげに見える。
いつか私の子どもが「なんで勉強しないといけないの?」と言い出したら、この「進○ゼミをやったら成績が上がって彼氏もできてハッピーエンドになった女の話」をしてやるつもりだ。
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<文/女子SPA!編集部・黒塩>